3番目の棲家となった場所は、このシリーズ1からさらに
奥に進んだ地域になります。
”奥Bornheim”とでもいいましょうか。その1がBornheimの新市街とすると、
こちらは旧市街といった感じです。
Seckbacherlandstrasse(ゼックバッハーランドストラッセ)Bornhiem地域
最寄り駅 地下鉄U4番 Seckbacherlandstrasse駅
実はこの駅、私が住んでいたい当時このU4番の終点駅だったのです。
それがいつの間にか線路が延びていてここが終点ではなくたってしまったのです。
当時、私はフランクフルト中央駅近くの”Iホテル”のメインレストランで
朝食サービスを仕事として働いていたので、朝6時出勤でした。
このU4のこのSeckbacherlandstrasse駅は始発駅で、
中央駅が終点でしたので、5時半ごろに乗車し、
目を閉じていればいつか電車が出発、15分後くらいには中央駅に到着、
眠っていても誰かが起こしてくれる!というその時の私には大変便利?
(もちろん今でも他の方々には便利なのでしょう。)な路線でした。
それがこのシリーズを書くに当たって再度、まじまじといろいろな路線を見て
いたところ、なんとこの”U4番”、線が延びているではないですか?
何時からなのでしょう?誰かご存知の方教えてください。
ちなみに、私、ほぼ同じ路線しか利用しないので新路線が
できている事すら知らず過ごしているようです。
旅行代理店で働いているにもかかわらず、現地情報を見逃している
などとはもっての外ですね。゛(`ヘ´#)
日々アンテナを張り巡らしていなければ…と肝に銘じた今日この頃です。
さてさて、余談はこれくらいにして、本題に入りましょう。
第3の棲家はこの”Apotheke(アポテーケ)”薬屋さんの上に住んでいました。
居住期間 約3年
ダイニング、寝室兼用の1部屋+小さなキッチン+ユニットバス
部屋の入り口を入ると右手に縦長い作りになっている家具付きの部屋でした。
前回まで住んでいた所のベットと洋服ダンスはその時の会社方針で
後輩に引き継ぐ事になっており、
そして実はここをドイツ最後の棲家としようと思っていましたので、
いろいろな物を知人に譲ってしまったのです。
そしてここを第3の棲家とするきっかけとなった訳には
この部屋にはバルコニーがあり、その向かいには教会が建っていて、
最初に部屋を見た時、この光景に感動。
「おぉ!異国情緒たっぷりでいいじゃん!」と喜び気に入り、直ぐに契約をしたのです。
で、入居してびっくり!なんとこの異国情緒たっぷりの教会がなんとも曲者でした。
まず15分毎に鐘が鳴る。最初の15分が1回、次の15分(長い針が6を指しているわけですね。)
この時は2回、そしてまた15分後、3回、
また15分後は4回とその時の時報分。
すなわち夜中12時であれば4回+12回の鐘が永遠と鳴るのです。
最初にも説明しましたとおり、当時の職業はホテルの朝食サービス、
朝6時出勤。午前4時半には起きだしていた私です。
ですので、就寝は午後9時-10時ごろ。
12時といえば丁度良い眠りの真っ最中!そこへこの鐘だったわけですね。
参りました。(;^_^A
でも契約を解除して、次の部屋を探すという気力、体力、何より経済力も無く、
結局、約3年、当時の仕事を退職するまでここに住み続けたのです。
さてさて、また本題から少しそれてしまいましたね。
そろそろ近辺をご紹介しましょう。
Wohnungから2-3分歩くと、Berger Strasseにでます。
そうです!シリーズ1で紹介した通りです。
通りはこんな感じ。
市内に向かって歩いていくとこんな感じ。
こちらそのまま読んでください。
”武道センター”空手道場です。
アイリッシュパブの隣にこのオベリスクがあります。
1827年、ここに地元市民の為の水道水がひかれました。
その時はこの様な形では無かったそうで、その後、鳥の糞や、
ゴミ等で汚れるのを防ぐ為、
1977年、地元住民の寄付金でオベリスクを立て、
噴水ではなく、蛇口から水が出る様にしたそうです。
そして市内とは反対方向へ向かうとこんな感じ。
レストラン”Zur Sonne”
そして、このレストラン”Zur Sonnne”はフランクフルト料理を
堪能したい方にとってお勧め。
中でも、ゲーテも愛した”Frankfurter grüne soße(グリューネゾーゼ)”は
お勧め。約10種類のハーブにヨーグルト、サワークリーム、酢、塩、胡椒等
を混ぜて作ったソースにゆで卵を入れ、茹でジャガイモと一緒に食する、
というとても質素なんですが、美味しい一品です。
何件かでこの料理を食したのですが、ハーブが強すぎて、青臭かったり、
ヨーグルトかサワークリームの入れ過ぎですっぱかったり、
ただ塩の味しかしない、という所もありました。
でもここのは全てが調和されていてとても美味しかったです。
その他、私は食べれませんが”Handkäse und Müsik(ハンドケーゼ ウント
ミュージック)”もここは一押しだそうです。面白い名前でしょ!
内容は説明しません。是非、見て食べてみて下さい!
少し余談です。
(あっまただ!と思った方すみません。今回は直ぐ終わります。m(_ _ )m)
実は9年前、当時HISフランクフルト支店の支店長とその部下!が
ここで結婚式を挙げました。
中庭に舞台を設け、出張神父さん、生バンド
日本からはご家族ご友人、またヨーロッパ内からのご友人達も駆けつけ、
そして私達従業員の前での人前ご結婚でした。
とても良い天気に恵まれ、そして美味しい料理、
アットホーム的な素晴らしい結婚式、パーティーでした。
レストランの直ぐ隣には1750年建築バロック様式の建物が有り、
1877年には地元市民の市庁舎となったそうです。
さらに進んで…。
ここまでの道は石畳となっていました。
ちなみに8月7日~12日までこのBornheimのお祭りがあります。
その名も”402.Bernemer Kerb(402回 ベルネマー ケルプ)”
Bernemerは地元市民”Bornheimer(ボーンハイマー)”の俗語だそうです。
お祭りには地元料理の出店、山車等が出て、大変な賑わいになる事
間違いなしです。
さて、石畳の道を抜け、住宅街に入ります。
その途中、またもや”柔術、空手、柔道”の道場があります。
そしてやっとここがBergerstrasseの最終地点です。
Berger Strasse 458番 最後の家
そのお向かいには、地元スポーツクラブ”Grün-Weiss(緑-白)”が
有り、その中でもサッカーには力を入れて取り組んでいるそうです。
この後も数メートルBerger Strasseは続きましたが、
3Kmも続く長い道でした。その中にこうしていろいろなお店、建物、
風景があって非常に楽しい、興味深い通りです。
以上が奥Bornheimでした。
次回はフランクフルト市内を流れるマイン川を渡った向こうの地域
Sachsenhausen(ザクセンハウゼン)、
フランクフルトの本当の旧市街地の近く!の棲家をご紹介します。
(高)