成田にかつて就航していた航空会社。
その一部をご紹介します。
・コンチネンタル航空
本拠地はテキサス州ヒューストン。
当初スカイチーム、後にスターアライアンスとアライアンスにも加盟しており、
ヒューストン線のほかホノルル線の運航もありました。
また、グアムを拠点とするコンチネンタル・ミクロネシアで、
グアム線、サイパン線などにも就航していました。
2012年にユナイテッド航空と統合して消滅しましたが、
印象的な地球の尾翼や運航していた路線は引き継がれました。
・エア・パシフィック
ハネムーンとしても人気のフィジーの航空会社。
2009年まで成田/ナンディ線にボーイング747やボーイング767で就航していました。
現在は「フィジー・エアウェイズ」に名前を変えて運航中。
アジアでは香港に就航しています。
・ヴァージン・アトランティック航空
今年1月までロンドン線を運航していたイギリスの航空会社。
ニュースにもなったので記憶に新しいかもしれません。
世界で初めてプレミアム・エコノミーを導入した航空会社で、
シートモニターの導入も比較的早く、
サービス面に定評のある航空会社でした。
・イベリア航空
ブリティッシュエアウェイズと共にIAGグループの一角を形成する航空会社で、
1986年から1998年までの12年間成田に就航していました。
ボーイング747型機からエアバスA340型機に変更したことで
それまでのモスクワ経由から直行便になった矢先の撤退でした。
※ボーイング747型機
・ヴァリグ・ブラジル航空
かつて存在したブラジルのフラッグキャリア。
サンパウロやリオデジャネイロからロサンゼルス経由で
成田線や名古屋線をボーイング747やMD-11で運航。
※MD-11型機
成田線が週4便、名古屋線が週3便で日本線は都合毎日運航でした。
アメリカ同時多発テロ以降ビザ制度が強化されたこともあり、
採算悪化のため2006年限りで撤退を余儀なくされました。
その後格安航空会社(LCC)のゴル航空に経営統合され、
会社そのものが消滅しています。
・JALウェイズ
日本航空の子会社の一つで、バンコクに本社を置いていました。
ボーイング747やボーイング/ダグラスDC-10を使用してリゾート路線を専門に運航。
以前はグアム線、ホノルル線は全てこのJALウェイズの運航でした。
写真のように「JAL WAYS」のロゴを纏って運航していましたが、
徐々にその存在が目立たなくなり、便名だけ「JALウェイズ○○便」となったのち
全便がJALに移管されて消滅しました。
・日本アジア航空
日本が中国と国交を樹立した後、
1975年に台湾に乗り入れるために設立されたJALの子会社です。
KLMオランダ航空やスイスエア、ブリティッシュエアウェイズなど、
台湾へ乗り入れるための機材を持っていた航空会社は多いですが、
このために子会社を設立したのはJALが唯一です。
2007年頃から当局の交渉によってJALの直接運航が認められると、
次第にJAL本体の機材による運航が増え、
2008年3月を以ってJALに吸収合併されて消滅しました。
・カナディアン航空
かつてカナディアン・パシフィック航空の名前で
羽田空港時代の1960年代から乗り入れていました。
航空会コードから「CPエア」と呼ばれていたのをご記憶の方もいるかもしれません。
1987年にパシフィック・ウエスタン航空と合併したのを機に
カナディアン航空の名称になりました。
写真のDC-10のほか、ボーイング747-400でも乗り入れており、
JALなどと同じワンワールドにも加盟していましたが、
最大手エア・カナダとの競争やLCCの台頭などの影響で
2001年、エア・カナダに吸収合併されて消滅しました。
・ノースウエスト航空
「ノースウエスト・オリエント」として戦後初めて日本に乗り入れ、
当時設立されたばかりの日本航空に乗務員を派遣するなど
日本の民間航空産業発展に大きく貢献した航空会社です。
その影響から日米間だけでなくアジア方面への所謂「以遠権」も多く持っていた航空会社で、
JAL、ANAを除く外航では最大の発着枠を持っていました。
赤い尾翼から「RED TAIL」という愛称も持っていました。
KLMオランダ航空と早くから提携を結び、
後のスカイチーム結成の礎となりました。
ちなみに最初に747-400型機を導入した航空会社でもあります。
2010年、デルタ航空に統合され、84年の歴史に幕を閉じました。
以遠権や機材などは全てデルタ航空に引き継がれました。
上記コンチネンタル航空と似た境遇の航空会社です。
航空業界も競争が激しく、その競争に敗れたものや、
日本線からは撤退しながらもその他の路線では元気な航空会社。
世界中には多種多様な航空会社があるようです。