古い北京人なら誰もがが知ってる白魁老号飯庄は、有名な清真(ハラール料理)レストランの一つです。
北京の東四隆福寺の「白魁清真館」の羊丸焼き、「東来順」の羊肉しゃぶしゃぶ、「烤肉季」の羊肉焼き、「月盛斎」のロースト羊肉は、北京の4大羊肉店でした
有名老舗にふさわしい獅子さんですねでも、コロナで閉鎖されることが有ります。
お店の歴史は、
清乾隆四十五年(1780年)、元々隆福寺街88号に回族の白魁さんが、羊肉店を開き牛羊の精肉や内臓等の加工製品を売っていました。彼が作った羊肉焼きは、漬け込んだ羊肉を煮込んでから油で揚げているので、外は香ばしく中は柔らかでした。その後、白魁の羊肉店は「東広順」レストランに変わりました。
「東広順」の隣には、有名な老舗麺料理屋の「隆盛館」が有りました。
「隆盛館」は山西省から来た温さんが清朝初めの康熙年間に開業しました。山西省の麺師は昔から有名で、温さんの手打ち麺は、1本の麺を細く伸ばしお椀いっぱいにすることから「“一窝丝”(1糸の巣)」と呼ばれていました。
温さんの麺に白魁の焼き羊肉を乗せ羊スープをかけて熱々を食べるのが大人気だったそうです。
「隆盛館」は、かまどの様に温かい麺料理が食べれることから、「灶温(かまど温)」と呼ばれ、「東広順」は焼羊の味と主人の腕を称賛し「白魁」と呼ばれていました。
後に「かまど温」と「白魁」は、これら老舗の正式名称となりました。ただ、残念ながら「かまど温」は現在は存在していません。
お店の名前ではなく、親しみと称賛を込めてコックの名前で呼ぶところが食通の老北京人らしいエピソードですね
その後の物語:
時が経ち、有る時、白魁は王府と問題を起こし訴えられ新疆軍に配属されてしまい、レストランをコックの景福に譲りました。又、景家の4代は、お店を他に譲ってしまいました。
ただ、焼羊の技術と風味は、景福の孫の景寿山に受け継がれていました。
新中国成立後、中国の食文化を伝承する為関係部門は、景寿山を探し技術と味を復活伝承させました。
1989年、中国人民政府は東四隆福寺街一帯の回族等少数民族のハラール食に便宜をはかり、元漢民族の酔仙閣料理店を清真「白魁」の旧号に改築しました。
老舗というのは、200年の歴史の中に色んなエピソードを持ってるものですね。
秋元康氏が有るテレビで有名になるのには人が語りたくなるエピソードが沢山有る事だとおっしゃってました。まさしく、激動の中国で生き残り老舗になるには、語られる歴史が有ります
現在お店は、交道口店(東城区東四北通り寛街交差点北東の角)と安内店の2軒です。
交道口店は、入って左側は、名物料理を食べられるレストランで、右側は軽食レストランになっています。
右側の軽食コーナーです。朝昼晩沢山の老百姓(市民)で賑わいます。
最近、物価高で昔ながらの北京の朝ごはんを出すお店が無くなってきていますが、白魁老号飯店は、多種類の小吃(軽食)を出しています。北京人の食事の豊かさを感じられるお店です。
朝食メニュー:門釘肉餅、面茶、糖火焼、油餅、豆汁、豆包湯、豆面丸子、肉まん、豆腐脳、煎餅、豆包、紅豆粥、牛舌餅、羊雑湯ETC.
どれを食べようか迷っているとどんどん抜かされて注文できないままになるので、メニューを決めてレジに並ぶましょう
注文してウイチャット払いをして横の受け取りコーナーで受け取り、空いた席に座って食べます。お箸やレンゲもセルフです。サービスを最小限にするから価格が安いのかもしれません。
紅豆粥6元と豆乳4元です。紅豆粥は、小豆、ピーナッツ、クコ、ハスの実とかが入りトロリと炊かれていて美味しいです。
老北京の朝ごはんは、安くて、カロリー満点!老北京人と一緒に熱々を楽しんでくだい。
●白魁老号飯庄(交道口店)交道口南大街158号
https://www.dianping.com/shop/H1ls2EKDLqAb48ZB
●白魁老号飯庄(安内店)安定門内大街195号