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みなさんこんにちは。
山東省「孔子寺と泰山」の旅③に続いて、「孔府」の散策です。
こちらは、孔子の子孫が住んだ場所です。
「聖府門」
「聖府」とは、「孔府」と同じことを表しています。
この門の両端に掲げられている、文字には孔子一族の教えが書かれています。
「富」と「章」の漢字にまたまた謎がありますので、実際に来てガイドさんから説明を受けてください。
「聖人之門」
「聖人之門」の門は昔は普段は開かずの扉でした。
孔府の大典、皇帝が来られたとき、詔旨の読み上げなどの重大な儀式があった際のみ開いた門です。
皇帝がお越しになった時に座った場所
「六代含飴」
「六代含飴」の額は、孔72代目の子孫が生まれた時、乾隆帝が孔府に訪れた際、与えた額です。
この時、孔府には、子供が生まれたことによって六代の家族が一緒に暮らすことになったため、孔府の六代が繁栄し、仲よく暮らすことを祈願して与えた文字です。
「六代飴糖」というお土産があり、今でも曲阜の路地、孔府内を含めて販売されています。「六代飴糖」は麦芽飴です。地元の曲阜人は、この飴を食べて、家庭円満と幸福が継続するように祈願します。
こちらは、孔府前堂楼(孔令贻家族の住まい)の本堂の中に額があり、「松筠永春」という文字が書かれています。
「筠(yun2)」 は竹という意味で、「松竹永春」と書かれるとなんとなく意味がわかりますねぇ。
松竹は四季を通じて青く、しかも寿命が非常に長いので、寿命が長くずっと青春。
こちらの「孔府」は、ここは行っちゃいけない?と思えるぐらい後ろの建物に入る通路が狭いです。その理由は、婦人の住む場所なので、人が入りにくくするためだとか。
また、同じ館の中に、この第一夫人とそれ以下の夫人が住んでおり、その間で、争いがあったとか。こちらでも故宮のような争いがあったわけですねぇ。。。
次は、「孔子寺と泰山」の旅⑤ 「孔林」へ続きます。