その他情報・豆知識
2013.04.24
こんにちは。以前に、いわゆる ベトナムっぽさとは? というテーマを書きました。
私が手配したお客様が 「中華圏の文化とフランス圏の文化が融合した国だった」という表現をされたことが印象的でした。
そこで前回は中華文明の影響を受けてきた歴史的背景に触れました。
今回はフランスの文化が入ってきた近代史について触れたいと思います。
これは世界史を学んだ人であればよくご存知だと思いますが、1800年代の後半から近代(主に第二次世界大戦終戦の前後)にかけて欧米諸国によるグレートゲーム(植民地争奪戦)によるものです。
インドシナ半島とミャンマー・インド・中国南部(広州湾)一帯がフランスとイギリスの植民地として支配していました。
緩衝地帯としてのタイを除くすべての国がフランスとイギリスに支配されていました。
ベトナムも例外ではなく、当時の清王朝が1885年の天津条約によってベトナムの宗主権を放棄してから実に70年近くもフランスの統治を受けることとなりました。
ちなみに、この天津条約では中国南部(華南)の通商権なども認めていたのでこれもまたベトナムと中国南部の雰囲気が似ている一因なのかもしれません。
ただ、これ以降、ベトナムは永きに渡る混迷の時期を迎えることとなります。
“フランスの雰囲気に似ている”という表現が好ましいのかどうかはわかりません。
しかし、確かにフランス支配下にありその影響を受けた時期があり、いまでもベトナムにはフランス統治時代の建築様式も残っています。
次回は地方毎に残っている様々な観光スポットについて触れたいと思います。
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