11月4日(日) 快晴のニューヨーク。
今年からのサマータイム制度の改正でこの日がたまたま夏時間から冬時間の境目だったのですが、特に大きな混乱もなかったようです。1時間遅れる形だったので、間違って1時間早く集合した人はいたかも知れませんが・・・。
1970年より始まった今年で第38回目となる世界最大規模といえる都市型国際市民マラソン、ニューヨークシティ・マラソン。参加者数、約38,000人、世界100ヶ国以上から集まり、その半数以上は、アメリカ以外の国籍のランナーといわれています。
そしてその多様なランナーを迎える応援も世界最大規模で、スタートからゴールまで、ほぼ途切れることのない大応援が続き、その数200万人と言われ、世界各国で行われている大規模な市民マラソンのほとんどが、コースの都市部と郊外で応援の規模が変わるのとはかなり状況が異なります。
ニューヨークシティ・マラソンの場合は、スタート地点にあたるスタテン島から、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、マンハッタンとCity of New Yorkを構成する5つの区を全て駆け抜けるようになっていて、折り返し地点がありません。切れ目のない応援、次々と変わる景観、応援をする人々との一体感、そういう意味で間違いなくニューヨークシティ・マラソン世界最高の国際市民マラソンである、というランナーが多いのもうなずけます。
この世界で一番人気があるといっても決して過言ではないマラソンをランナーの支店から紹介をしてみたいと思います。
スタート地点はスタテン島で成るスタテン区にあるフォート・ワッズワース(Fort Wadsworth)のウェイティング・エリアからスタート。ここは軍の施設になので、普段は一般の人たちが立ち入りできない場所。
スタートを待つ風景です。スタート地点ではベーグル、コーヒーなどが配布されています。
朝食を食べる人、本番に備え、仮眠を取る人、トイレに行く人など様々です。
10時10分、いよいよスタート!
参加者多数のため、スタート地点に着くまでしばらく歩きます。
このとき、皆、着ていた上着を捨てます。そしてその上着はボランティアの人たちに回収され、寄付されるのだそうです。
スタート地点を越えると一気にペースアップ、ようやく〝走り〟始めます。
そしていきなり高度差45mにしてこのマラソンの名物、北米最大のつり橋〝Verrazao-Narrows Bridge〟。
このスタテン島とブルックリンを結ぶ、1524年にニューヨーク港に入港したイタリア人探検家Giovanni da Verrazzanoにちなんで名づけられた橋は、橋マニアには溜め息モノの美しい橋です。
橋を下り終わると、2つ目の区ブルックリン。
Bay Ridgeというエリアで、もともとイタリア系移民が多いところ。
ジョン・トラボルタの出世作〝サタデー・ナイトフィーバー〟の舞台として有名。かなり昔の映画ですが・・・。
このあたりは住宅街になっていて道がごちゃごちゃして狭いため38,000人が走るのは不可能。
そのためゼッケンの色で若干コースが違います。だから自分の上の道を交差して別の人が走っているなんてこともありました。
そこを抜け、4th Avenueで合流。ここから約6kmの直線が続きます。
ボランティアの子供たちも一生懸命、ゲータレードやミネラルウォーターを配ってくれています。
スチールパン(トリニダードトバゴの打楽器)の演奏、ミサ帰りにゴスペルなどホント応援のバラエティが豊かです。
あんなに遠かったBROOKYNで一番高い建物でランドマーク、Williamsburgh Saving Banks Towerが近づいて来ました。高さ156m。タワーの4面ともに時計がある建物では世界一高く、なんとロンドンのビッグ・ベンよりも高いのです。そしてもともと銀行だったこの建物、現在はマジックジョンソンの手で高級コンドミニアムへ変貌しようとしています。
このマラソンで感じたのは、各brough(区)で、それぞれWelcome BrooklynやWellcome Manhattan、Welcome the Bronxなどと応援する人々が、自分たちの区へようこそ!という言葉を誇らしげに大きな声で言うこと。
東京マラソンで〝ようこそ世田谷区~〟という声援は聞けないと思います。(実際に世田谷区を走るかどうか知りませんが・・・)
雑貨屋、おしゃれなレストラン、カフェなどが増え、ユニオンスクエアからもLラインですぐという好立地なこともあり最近人気のWilliamsburg,通称POLISH TOWNと呼ばれポーランド人居住区のGreen Pointを抜けると、いよいよBrooklynも終わり。アメリカ独立戦争時のポーランド人司令官Casimir Pulaskiにちなんでつけられた、コース2つ目の橋、Pulaski Bridgeを越えると、そこは3つ目の区、Queensに入ります。
マラソン42.195kmは26.2マイル。その丁度半分の13.1マイルポイントがこの橋の上にあります。
これより長い距離は今まで走ったことがないので、未知との遭遇です・・・。
そしてコース中、最大の難関と言っても良いQueensboro Bridge。この全長2270mにも及ぶ急勾配の橋はもう走るのがかなり厳しい状態だったため、パワーバーなどをむしゃむしゃ食べながらランチタイムにあてて橋を堪能しながら歩いて越えました。
この橋、2層構造になっていてその下を走るので、声が響くので皆で歌いながら走っていたのは愉快でした。お風呂で声が響くので歌いたくなる感覚は万国共通なんですね。
サイモン&ガーファンクルが歌い、華麗なるギャッツビーに登場し、スパイダーマン1でゴブリンとの決戦の舞台になったこの橋、ランナーには厳しい橋でした。
そしてこの橋のくだりからひざが悲鳴を上げ始めてきました・・・。
下り終わると、そこは4つ目の区、マンハッタン。
そして街中に入り大歓声に迎えられるとともに見えた景色がこれ・・・。
果てしなき一番街・・・。先が見えないのです・・・。
しかしここでも沿道から、マンションのベランダからなどの多くの人たちの声援に勇気付けられました。
そして疲労困憊の体にムチを打って走り続けること4km、ようやく辿り着きました。コース4つめ、マンハッタンとブロンクスをつなぐ橋、Willis Aavenue Bridge。
これを渡るとそこは5つめの区、アメリカ大陸にある唯一の区、THE BRONX。
さすがヒップホップ発祥の地と言われているだけのことはあり、応援もヒップホップ調だったり、〝Welcom to the Bronx!〟とかなり陽気。
ランナーを写す大型ビジョンも設置されてました。
そして、コース5つ目、最後の橋、Madison Avenue Bridge。ブロンクスも終わり、再びマンハッタンへ。
疲れとともにだんだんと映像が減って申し訳ありません・・・。
ハーレムからセントラルパークまでひたすら5番街を下ります。遠く向こうにエンパイアが見えます。
そしてセントラルパークに差し掛かってきました。
そして一度公園の外に出て、59丁目のセントラルパーク南端沿いの高級ホテル街のバックストレートを走ります。ここは道も広くなく、最後の大声援が迎えてくれて誰もが、〝Goal is right there!〟と目一杯応援してくれます。あと1/2マイルの表示が見えて、再び公園に戻ると26マイルの表示が・・・そしていよいよ・・・
同時にゴールした人たちと握手し、お互いにCongratulationと言いあった瞬間は感動でした。
Goalしたあとはメダルと一緒に記念撮影。そしてシャカシャカしたシートを防寒用に渡され、ベーグル、走行中にいやというほど飲んだゲータレードなどを渡されます。
このときの写真は、走行中にたくさん撮影された写真とともに購入することが可能です。
お知り合いの方が参加されていらっしゃったら探してみては?
http://www.brightroom.com/ingnycmarathonphotos/
5時間を切って、翌朝のニューヨークタイムズに名前を載せてもらうことはできませんでしたが、生まれて初めてのマラソンで、応援者としてではなく、ランナーとして経験できて本当に良い想い出になったと思い、世界のいろんな街を走ってみたいなぁという新しい希望(野望?)もまだ漠然としたものですが持つようになりました。世界各地でマラソンが人気なのも今なら心底うなずけます。
当日だけでなく、結構翌日も街中でメダルをしている人が多く見かけ、嬉しくてメダルを下げて行きつけのアイリッシュパブに飲み出かけたりすると割引してもらえました。そこでも見ず知らずのFinisher(完走者)に出会い、ハイファイブしたり。冷めぬ余韻にほど良く酔いました。
ちなみに私の今回のオフィシャルタイムは5時間29分58秒。そしてそのタイムはトム・クルーズの奥様、ケイティ・ホームズと全くの同タイム。 ゴールにはTomと愛娘Suriもいたということなど全て知ったのは翌日でした。
http://ap.google.com/article/ALeqM5iQRvkift4SpBRo9-7VshLwvf1bbQD8SN66900
皆さんも来年はこの世界で一番素敵なマラソンを走ってみませんか???
by Maggie