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今回は、コスタリカ番外編、お隣の国のパナマについて取り上げます♪

 

 

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コロニアル建築が残るパナマシティの歴史

 

世界の十字路と呼ばれるパナマの首都、パナマシティ。スペイン植民地時代から、アメリカとヨーロッパを結ぶ交通の要衝として重要な役割を果たしてきました。

 

中心地から東へ6キロほどのパナマ・ビエホに初めて町が築かれたのが1519年。

 

アメリカ大陸におけるスペイン植民地の基地として繁栄を極めたものの、ジャマイカ副総督となったイギリスの海賊ヘンリー・モーガンによって徹底的に破壊され、町の中心は旧市街へと移りました。

 

1914年にパナマ運河が完成すると、その重要性は地球的規模にまで広がります。

 

1999年には米国に管理されていた運河がパナマに返還され、米軍基地が民間の国内空港に転用されたり、高速道路が整備されるなど、パナマ・シティは大きく変貌しています。

 

現在では、スペイン植民地時代の繁栄を彷彿とさせる旧市街には、伝統衣装を着たクナ族の女性が
ちらほらといたり、高層建築が林立する新市街では、世界中から来たビジネスマンが働いています。

 

 

歴史と現代が交差する街

 

旧市街の歴史的地区カスコ・ビエホ - Casco Viejo - は、サン・フェリペ地区に位置し、
カスコ・アンティグオとも呼ばれています。

 

カテドラルをはじめとする壮麗な教会や国立劇場など、スペイン様式の歴史あるコロニアル建築が並び、パナマ歴史地区として2003年に世界遺産にも登録されています。

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カスコ・ビエホから北東へ延びる大通り - Av. Central - は、商店が並ぶ賑やかな繁華街で、
人通りも多く活気があります。

 

パナマ・シティの新市街は、旧市街とは対照的に、とても近代化された街並みが印象的。

 

3000棟余りの高層ビルが建ち並び、世界各国の銀行の支店や高級ホテル、ショッピングモール、レストランが軒を連ね、ビジネスマンや高級車が忙しく通り過ぎます。

 

ここから6キロほど北東の太平洋岸に残るパナマ・ビエホ - Panama Viejo - の遺跡が
パナマ・シティの東端になります。

 

 

パナマ・ビエホ

 

スペインが1519年に太平洋岸で最初に築いた植民都市の廃墟はパナマ・ビエホと呼ばれています。

 

インカ帝国の黄金など、太平洋岸で収奪された富はここを経由して地峡を通り、大西洋岸のポルトベーロに運ばれてスペインに送られました。住居や教会の廃墟が残っています。

 

パナマシティの観光ポイントをご紹介♪

◆パナマ・ハイライトツアー

 

 

Ryoko

 

 

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    2020.07
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