カイロからこんにちは!!!

エジプトの第二の都市であるアレキサンドリアはカイロや上エジプトとは全く異なったエジプトの一面を見せてくれます。

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風光明媚な町並みに加え、クレオパトラやアレクサンドロス大王が愛した土地でとても趣き深い観光地が残る場所でもあります。

街の歴史は古く、紀元前3世紀まで遡ります。

アレクサンドロス大王によって、創られた街はその後大きな発展を遂げ、彼の有名なアレキサンドリア図書館などが建てられました。

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*アレキサンドリア図書館の転写した書籍があった

その後、641年にアムル・イブン・アルアースにより陥落させられるまで栄華を極めました。

市内には多くのローマ時代の観光地が残っており、カイロや上エジプトとは趣の違った観光地を訪れることが出来ます。

ポンペイの柱、

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カタコンベ、

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カイートベイの要塞などなど目白押しです。

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次回から、観光地やレストランのご紹介をして行きます!!!

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宗教 文化 2017.05.19
カイロからこんにちは!!!
ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、今月の5/27(予定)からイスラム教徒のヒジュラ暦の断食月の名称である、ラマダンが始まります。ちなみに、ラマダンはヒジュラ暦の月の名前の一つで断食を意味する言葉ではありません。断食はアラビア語でスィヤームと言います。
 イスラム暦とも呼ばれるイスラム教徒が使用するヒジュラ暦は太陰暦です。しかし、閏月による補正がない為、太陽暦と比べると毎年11日ほど早くなり、およそ33年で季節を一周します。ですので、ムスリムの中では「人生で同じ季節のラマダンを2度経験する」と言われます。日本の還暦の考え方とよく似ています。
 あまりイスラム教徒に造詣が深くない方は「断食=辛い」と考えるかもしれませんが、当の本人達(ムスリム)からするとこの考え方は180°真逆です。ラマダンはムスリムにとってとても神聖であるのに加え、皆でお祭りのようにこの月が来たことを祝います。
 その一つとして伝統的なファヌースというランプを飾り付けます。そもそも、このファヌースはなぜラマダンで伝統的に飾り付けられるようになったのか?それは今から千年以上前、ファーティマ朝時代の(現在の国土の)エジプトまで遡ります。当時の第四代カリフであったアルムイッズがこのラマダン期間中に帰還した際に、国民がこのファヌー
ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、今月の5/27(予定)からイスラム教徒のヒジュラ暦の断食月の名称である、ラマダンが始まります。ちなみに、ラマダンはヒジュラ暦の月の名前の一つで断食を意味する言葉ではありません。断食はアラビア語でスィヤームと言います。
 イスラム暦とも呼ばれるイスラム教徒が使用するヒジュラ暦は太陰暦です。しかし、閏月による補正がない為、太陽暦と比べると毎年11日ほど早くなり、およそ33年で季節を一周します。ですので、ムスリムの中では「人生で同じ季節のラマダンを2度経験する」と言われます。日本の還暦の考え方とよく似ています。
 あまりイスラム教徒に造詣が深くない方は「断食=辛い」と考えるかもしれませんが、当の本人達(ムスリム)からするとこの考え方は180°真逆です。ラマダンはムスリムにとってとても神聖であるのに加え、皆でお祭りのようにこの月が来たことを祝います。
 その一つとして伝統的なファヌースというランプを飾り付けます。

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そもそも、このファヌースはなぜラマダンで伝統的に飾り付けられるようになったのか?それは今から千年以上前、ファーティマ朝時代の(現在の国土の)エジプトまで遡ります。当時の第四代カリフであったアルムイッズがこのラマダン期間中に帰還した際に、国民がこのファヌースと呼ばれるランプを手にし帰還を歓迎したことにあると言われています。このファヌースはその後、イスラム社会の中で急速に広まり、今ではほとんどのイスラム国家で伝統的に使用されるまでになりました。
 では、なぜ当時の国民はカリフの帰還をファヌースを持って祝ったのか。それは古代ファラオ時代まで遡ると答えを見つけることが出来ます。ファラオ時代では恒星のシリウスが昇った際に祝われるお祭りの飾りとして使われていたそうです。その他にも古代エジプトの神々を奉るときにファヌースは使われていたそうです。なんとも縦に繋がった重厚なエジプトの歴史はファヌース一つとっても非常に興味深いです。
 皆さんもラマダン月にエジプトにいらっしゃる事があれば”ラマダン・カリーム!(ラマダンおめでとう!)”とお祝いしてみてはいかがでしょうか。
スと呼ばれるランプを手にし帰還を歓迎したことにあると言われています。このファヌースはその後、イスラム社会の中で急速に広まり、今ではほとんどのイスラム国家で伝統的に使用されるまでになりました。
 では、なぜ当時の国民はカリフの帰還をファヌースを持って祝ったのか。それは古代ファラオ時代まで遡ると答えを見つけることが出来ます。ファラオ時代では恒星のシリウスが昇った際に祝われるお祭りの飾りとして使われていたそうです。その他にも古代エジプトの神々を奉るときにファヌースは使われていたそうです。なんとも縦に繋がった重厚なエジプトの歴史はファヌース一つとっても非常に興味深いです。
 皆さんもラマダン月にエジプトにいらっしゃる事があれば”ラマダン・カリーム!(ラマダンおめでとう!)”とお祝いしてみてはいかがでしょうか。
自然 2017.05.12

カイロからこんにちは!!!

アフリカ大陸を6,000km超に渡って縦断しているナイル川は、太古より人の暮らしに寄り添ってゆらりゆらりと流れ続けています。

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しかし、このナイル川ですが治水技術が施されるようになったのは近年の事で、古代の時代などにはしょっちゅう氾濫しておりました。

日本での昔の治水技術として「信玄提」などが有名ですが、人間の知恵が届かないほどに巨大なナイル川の氾濫は「止める」よりも「予知して回避する」という風に考えられるようになりました。

そのため、ナイルの水位を測るナイロメーターが作られました。

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作りは至極シンプルで写真の縦穴内の水位の上昇がそのまま、ナイル川の水位の上昇を表わします。

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ナイル川の一番の恩恵は農耕を潤沢化することにあります。

先ほど述べたとおり、ナイル川は古代は定期的に氾濫を繰り返していました。

しかし、この氾濫が不幸中の幸いかナイルの上流から「肥沃な黒土」を運び、下流域であるエジプトの農地を豊かにしておりました。

今となってはアスワンにダムが出来て氾濫はありません。

アスワンハイダムは治水と電力の供給という面ではとても大きな成果をあげましたが、この氾濫がなくなった事により土地が痩せ、化学肥料を使用した農地の塩害など環境的な問題も孕んでいます。文明化と自然保護は相容れないのですね。。。

といいましても、農業は未だエジプトの主要産業ですので、まさに「エジプトはナイルの賜物」です。

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H.I.S. カイロ支店

2017.05
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