サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

早いものでメオダムがピサヌロークへやってきて、もう3年が過ぎてしまいました。

当初は、ピサヌローク駅近くのアマリン・ナコン・ホテルに滞在することが多かったです。

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1970年頃に開業したピサヌロークで最初の近代的なホテルだったようですが、3年前には相当にくたびれたホテルになっていました。

華やかな過去もあったこのホテルも一昨年には廃業してしまいました。

このアマリン・ナコン・ホテルに泊まっていたときに印象的だったのは、夜になると鳥たちが騒がしいという事でした。

ホテル周辺の電線にはおびただしい数の鳥がずらりと止まっており、ピーチクパーチクと夜中まで大騒ぎをしていました。

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この写真は当時撮影したものです。

当時はまだこの鳥の名前も確認できておらず、なんとなくムクドリに似た鳥だなくらいに思っていました。

この電線の鳥たちも、騒がしいだけではなく、何の気なしに電線の下を歩いていると、時々ポタリと落ちてくるものがあり、要注意が必要です。

ウンが着いても、洒落になりません。

夜道を歩く時は、なるべく電線に鳥がいないところを選んで歩くようになりました。

その後、この宵っ張りの鳥たちの名前も確認出来ました。

ハッカ鳥というそうです。

やはりムクドリの仲間だそうですが、九官鳥とも近い関係だそうです。

そのため、ピーチクパーチクだけではなく、七色の声も出す事ができ、飼いならせば言葉もしゃべれるようになるそうです。

ピサヌローク周辺には二種類のハッカ鳥がいることも分かりました。

ひとつめはインドハッカという鳥で、アマリン・ナコン・ホテル周辺にいたのはどうもこの種類だったようです。

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もう一種類はジャワハッカといいます。

ジャワハッカはインドハッカよりも色が黒くて、くちばしの上が少し逆毛になっています。

なんとなく鼻とおでこの間ぐらいのところにリボンかバンダナでもつけているように見えて、なんとなく洒落モノみたいな感じがします。

宵っ張りの鳥たちではありますが、朝も早くになると電線から飛び立って、郊外の畑や荒地などへ集団で向かい、昆虫などを捕食したりしているようです。

夜の電線では、街灯近くの明るい場所を好んで集まっていますが、いったいこの鳥は睡眠というモノを必要とはしないのでしょうか?

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たぶん今日も夕日が沈む頃になると、郊外からまた街の中心部、明かりがともっていて、車が行きかう大通りの電線にやってきている事でしょう。

タイの人たちはこのハッカ鳥のことをノック・イアン(นกเอี้ยง)というようです。

ノックというのは鳥という意味です。

イアンは何でしょうね。

タイ人スタッフに聞いたら「鳥の名前だよ」って言われてしまいました。

さて、その3年過ごしたピサヌロークですが、メオダムは今週からバンコク勤務となってしまいました。

でも、H.I.S.では引き続きピサヌロークとその周辺のツアー手配を行っていますので、ぜひタイの旅行先の一つとしてピサヌロークを今後ともお忘れなく。

メオダムもときどきピサヌロークへは出向きますので、そこで仕入れた情報をこれからもアップしていくつもりです。

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

先週末、メオダムはある鳥の巣をさがしに出かけてきました。

その鳥の名前は「キムネコウヨウジャク」といいます。

メオダムははじめこの鳥の名前の綴りを見た時に、キムネコ? ウヨウジャクと最初の4文字に反応してしまいました。

キムネコってどんなネコなんだろ。

ウミネコみたいにネコのような鳴き声なんだろうかと想像してしまったりですが、調べてみたら全然違って、漢字で書くと「黄胸紅葉雀」だそうで、スズメの仲間なんだそうです。

で、なんでこんな鳥の巣をさがしに出かけたかと言うと、以前メオダムが毎年出かけて行ってた台湾の山奥にある温泉宿の浴場にあったんです。

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この写真、外側の松の木の枝にぶら下がっているのが鳥の巣なんです。

これは飾りとして宿の主人がぶら下げたものなんですが、こんな感じの鳥の巣をタイではよく見かけた気がしたんです。

そして、こんな鳥の巣をつくる鳥の名前を調べたら、キムネコウヨウジャクと判明しました。

タイでよく見かけたような気はしたのですけど、具体的にどこで見たのか思い出せないままに日が過ぎていきました。

で、先月チェンマイまで汽車に乗って出かけた時、その車窓を眺めていたら田んぼの中の木に、この鳥の巣がぶら下がっていました。

という次第で、その場所を確かめようと、週末に再びピサヌロークからチェンマイ行きの汽車に乗りました。

鳥の巣を見かけたのが、いったいどこらへんだったかのはっきりしないので、適当なところまで切符を買って列車に乗り込みました。

目を皿のようにして、窓の外の流れる景色の中で鳥の巣を探します。

乗車時間30分ほどして、ついにポンピラームという駅を出た先で田んぼの中に目指す鳥の巣を見つけました。

次の停車駅で汽車を降りました。

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ノーントムという小さな集落にある駅で、降り立ったのはメオダム1人。

なんとものどかな駅ですが、駅のホームには花壇とかもよく整備されていて、なかなかいい感じの田舎の駅です。

ここから線路伝いに一つ手前のポンピラームまで歩くことになります。

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ポンピラームまで8.696kmだそうです。

歩いて2時間半くらいの距離でしょうか。

時刻は午前8時です。

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駅前の道がこんな感じで、とんでもなくのどかです。

この紫色の花はヤモメカズラと言うそうです。

ヤモメなんて名前を付けられて、調べたらなんかストーリーがありそうですね。

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足元にも変わった花が咲いています。

この花は「時計草(トケイソウ)」の仲間だと思われます。

花の真ん中の雄しべ雌しべのところが、時計の針みたいですよね。

いまタイは甘酸っぱくてジューシーなパッションフルーツのシーズンなんですが、パッションフルーツもこの時計草の仲間です。

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鉄道線路沿いに歩くには、舗装された田舎道を外れて田んぼの中のあぜ道を歩かなくてはなりません。

こんな泥土を盛り上げただけのあぜ道なんて歩くのは何十年ぶりでしょう。

靴が泥んこになってしまいますが、青空と緑の田んぼの中を歩くのはとても気持ちがいいです。

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稲の茎のところに付いたピンク色の物体がなんだかわかりますか?

これはタニシの卵なんです。

タニシはこんなところに卵を産み付けるんですね。

タニシは水田を荒らすので、タイのお百姓さんたちが嫌われています。

しかし、ここら辺の人たちはタニシを料理して食べるので、タニシを捕まえて市場で売ったりもしています。

ここら辺のタニシは熱帯ということもありサザエより大きなタニシもいたりします。

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そんなあぜ道を歩くこと20分ほどで、鳥の巣を発見。

木の細枝にいっぱいぶら下がっています。

もっと近づいてみてみましょう。

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ずいぶんと丸っこい鳥の巣です。

これまで見てきたキムネコウヨウジャクの巣はもっと長く垂れ下がるような形をしていたと思うので、これは別の鳥のものかもしれないし、未完成なだけかもしれません。

でも、どの巣にも鳥はいないみたいです。

キムネコウヨウジャクの巣はタイで園芸品店などで装飾品として売られたりするので、ちょっと形の良い巣があるとすぐに誰かに盗られてしまうんだそうです。

もう少し探してみることにしましょう。

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ありました。

形よくぶら下がったキムネコウヨウジャクの巣です。

しかし残念なことに、近づいてみたみたいのですが、用水路に隔てられて近づけません。

奥に見える鉄道線路側からならば、もっと近いのかもしれませんが、あのあたりはズブズブの湿地帯みたいです。

そんな環境だからあそこにある鳥の巣は人間に盗まれることなくぶら下がっていられるんでしょう。

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さらに進んでいくと、また見つけました。

これはかなりだらりと長く垂れ下がっています。

このだらりと垂れ下がっている部分がホースのような管状になっていて、そこがこの巣の入り口です。

メス鳥はそこから入って奥にある丸い部屋の中で卵を産むのだそうです。

巣をつくるのはオスだけで、いい巣ができないとお嫁さんが来てくれないのだそうです。

この鳥の世界には共働き所帯と言うのはないんですね。

さて、もっと近くで鳥の巣を、できれば手に取ってみたかったけれど、これだけ見つけられたので、ひとまず満足したことにして、ピサヌロークへ帰ることにしました。

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時間がたつにつれてだんだんと暑くなってきました。

どうせならポンピラーム駅まで歩き通そうと農道をテクテクと歩き続けるのですが、日差しが強くとても暑い。

元の駅へ戻った方が近かったかなと後悔もし始めました。

それに農道は曲がりくねったり、ときどき行き止まりになったりします。

そこで、鉄道線路を歩くことにしました。

これならまっすぐだし、第一に道を間違えることもありません。

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しかし、線路を歩くというのは、あんまり快適ではないことがすぐにわかりました。

枕木とゴツゴツした砕石で、足元をよく見ていないと転んだり、足首をひねったりしそうです。

それと鉄橋なんかあると大変です。

枕木と枕木の隙間から下が見えるんです。

高さは5メートル程度しかなさそうですが、それでも足場が悪いので足がすくみそうになります。

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線路脇の泥沼ではピンク色の蓮が大輪の花を見事に咲かせていました。

タイでも蓮の根っこ、レンコンを食用にしますが、料理に使うというより、甘く味付けてデザートにしたりします。

歯触りはやはりシャリシャリとします。

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結局3時間近く歩いて午前11時にポンピラーム駅にたどり着きました。

ここも小さくて可愛らしい駅です。

ピサヌロークまでの切符を買おうとしたのですが、次の列車は午後5時とのこと。

タイは日本と違って、鉄道はあんまり便利ではありませんね。

駅前でトウモロコシを売っている出店があって覗いてみたら、そこに立派なキムネコウヨウジャクの巣がありました。

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やっと手に届くところでキムネコさんに対面できました。

でも、これも飾り物です。

写真を撮らせてもらったら、トウモロコシ屋の女主人が「ほしいならあげるよ」と言います。

まぁ、もらってもしょうがないので遠慮させていただきました。

駅員さんに聞いたら「駅前の道路をときどき空色のバスが通るからそれに乗ったらいいよ」と言われ、街路樹の木陰でバスを待ちました。

お昼過ぎの12時40分すぎに、オンボロのバスがやって来ました。

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色々あったけど、なかなかイイ週末の1日でした。

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

メオダムもピサヌロークに住み着いて3年になります。

毎日が職場と下宿の往復ばかりで、じっくりと腰を落ち着けて、この街のことを調べたりすることが今までありませんでした。

仕事柄、スコータイ時代やアユタヤ時代のピサヌロークについては色々と調べてきていましたが、ピサヌロークの近代史的な部分はさっぱりでした。

でも、昼ごはん時とか、街の中を歩いていて、「あれなんだろう?」と気になることは色々とあります。

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ピサヌロークの中心部を歩いていると、建物によく鳳凰のようなマークが付いているのに気が付きました。

鳳凰の下にはタイ語で"อาคารราชพัสดุ"と書かれています。

อาคารราชพัสดุとはアーカーン・ラーチャ・パッサドゥと発音し、「タイ王室に属する建物」と言った意味です。

鳳凰のマークはタイの王室系銀行であるクルンタイ銀行とよく似ています。

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で、このマークの付いた建物がピサヌローク中心部にはやたらに多いんです。

メオダムは地元のタイ人に、このマークはなんなのか質問してみました。

「これは土地のオーナーが、王室に土地を寄付して、その土地に王室が建物を建てて、もともとのオーナーに建物の借用権を与えたものだよ」

というのが答えでした。

土地はあっても、建物を建てるお金がなくて、王室に建ててもらうってことはなんとなく理解できるのですが、それにしても市内の一等地に、こんなにもたくさんあることにメオダムはどうも納得がいきません。

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それで、ちょっと調べ始めました。

まず、このマークの付いている建物に共通していることとして、どの建物もかなり年季が入っていること。

コンクリート製で2~3階建てになっていて、一階は通りに面して店舗のようになっていること。

長屋のように隣同士が壁一枚で隔てられたタウンハウスになっていること。

軒の庇が歩道の上にせり出していて、その庇には電線ケーブルが敷設されていること。

ヒントとして、どの建物も一様に年季が入っていることに注目。

つまり、ほぼ同じころ、いっせいにこれらの建物が建築されたと考えられます。

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ピサヌロークの街はいまから64年前、1957年に大火災によって町の中心部のほとんどを焼失してしまっています。

古い写真を転用させていただいたAdd News Phitsanulok社の記事によると、1957年1月2日に仕立て屋の4歳になる息子が、マッチで火遊びをしたことで火事になり、当時は木造の建物が密集していたことで瞬く間に、市街地全体に燃え広がったのだそうです。

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焼け出された人は6000人にも上ったそうです。

家と家財を失った人は、学校などでの避難生活をすることになったそうです。

つまり、鳳凰マークを付け年季の入った建物群は、この大火災からの復興過程で建築されたものと推測しました。

メオダムはさらに調べていくと、焼け出された人たちは、家屋を再建する財力も失っており、また行政側も、木造家屋が密集した以前のような状態から、区画整理をし、防災面でも考慮された街づくりを指導したくても、財政的に無理があったそうです。

そこで、土地の所有者は家屋が焼けてしまった土地を王室に献上し、その代わり新しい建物を建ててもらって、そこで生活を始めるということになったそうです。

タイ国王は街の再建のために10万バーツを下賜されたのだそうです。

そのときに建てられた建物に、このマークが付けられたということでした。

メオダムのいるH.I.S.ピサヌローク支店のすぐ近くに時計塔が立っているのですが、この時計塔も大火災からの復興のシンボルとして建てられたものだそうです。

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なお、火元となった仕立て屋があった場所は、エカトサロット通りのソイ・モーシリワンというところだったようです。

このソイ・モーシリワンと言うのは、行き止まりの路地なのですが、確認に行ってみたらなんと寿司屋がありました。

店名は「和らぐ(やわらぐ)スシ・バー」で、秋田の銘酒「高清水」と書かれた提灯がぶら下がっている隠れ家みたいな店でした。

"Omakase Bento"とも書かれています。

「よし、今日のランチはここの弁当でも食べてみるか」と軽く考えたのですが、お値段はなんと1,499バーツ也。

すごすごと退散です。

ピサヌロークにこんなに値段の高い食堂があったなんて、3年目にして初めて知りました。

「和らぐ(やわらぐ)スシ・バー」のFace Book
https://www.facebook.com/Yawaragu-sushi-bar-652271805221602

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