サワディーにゃお!

H.I.S.ピサヌローク支店のメオダムです。

このところタイではプーケット・サンドボックスとかホアヒン・リチャージ、チャーミング・チェンマイなどタイでのコロナ検疫隔離なしのパイロットプログラムでさまざまな情報や噂が飛び交っています。

ここにあげた名前は、それぞれの地域(県)ごとのパイロットプログラムの名称で、名前からして混乱しているような気がします。

Img_1049

ピサヌロークは幸いと言うか、この手の混乱には巻き込まれず、外国人観光客受け入れなどの話は全く出てきません。

しかし、そんなピサヌロークは地道にコロナ禍からの立ち直りを目指してゆっくりですが動いています。

新規感染者も落ち着いてきています。

そんな中で、ずっとタイ入りが禁止されていましたワットヤイの礼拝堂へ入れるようになりました。

ワットヤイというのは、当地での通称で正式名称は、ワットプラシーラタナマハタートといい、スコータイ時代に創建された由緒あるお寺です。

そして、ここの礼拝堂(タイ語でウィハーンと呼ばれます)には、タイで最も美しいと言われる仏像、チンナラート仏が安置されています。

Img_1276

こちらもスコータイ時代、14世紀にリタイ王の命により作られた仏像で、パワースポットとしても知られており、タイ全土から参拝者が押し寄せてきていたのですが、タイを襲ったコロナ第3波(2021年4月~)で、三密による感染防止策の一環として、仏像を安置する礼拝堂への立ち入りが禁止されていました。

Img_0467

参拝者は礼拝堂の開かれた門扉の手前から願い事を唱えなくてはなりませんでした。

しかも、礼拝時間は一人5分までとの制限まで付いていました。

それでも、参拝者が並ぶのは、よほど霊験あらたかな証左なんでしょう。

そうした入場規制も、先日ようやく解除されて、午前6時半から午後5時まで誰でも礼拝堂に入って拝むことができるようになりました。

Img_1274

礼拝堂の入り口には、検温機と消毒用のアルコールが設置されています。

ちなみに、やはり礼拝堂内での混雑を避けるために、一度に礼拝堂は入れる人数は制限されており、制限人数を超えた場合、外に設置されたプラスチック製の椅子に座って待たなくてはなりません。

Img_1272

メオダムが訪れたときは閉館間際だったこともあり、待たされることもなく礼拝堂の中へ入ることができました。

そして、礼拝堂の床には、マス目が描かれていて、参拝者は一人ずつこのマス目に入って礼拝することになります。

Img_1284

さて、前置きが長くなってしまいましたが、このワットヤイの礼拝堂では、みなさん仏像に目を奪われてしまいがちですが、礼拝堂内の壁にも注目していただきたいと思います。

ワットヤイの礼拝堂入口右側には、お釈迦様の生涯を描いた壁画があります。

お釈迦様、本名をシッダルタと言うのですが、釈迦族の王子として2600年ほど前にインドでお生まれになられました。

お釈迦様は大変聡明で、何不自由のない暮らしをされていましたが、宮殿の中だけで暮らしてきたので、世の中に苦しみがあることを知りませんでした。

あるとき、宮殿の東の門から外へ出る機会があり、初めてヨボヨボで貧しい身なりの老人を目にしました。

お釈迦様は世の中には「老いる苦しみ」と言うものがあることを知ります。

さらに、南の門から出た時には、重い病の人を見て「病の苦しみ」、西の門では死んだ人を見て「人の死」を知ります。

最後に北の門から出た時に、お坊さんに出会います。

お坊様は、一切の私欲を捨てて、真理を探究されていらっしゃります、

これこそが苦しみから解放されるものとお釈迦様は考えます。

1

お釈迦様も、出家をして真理を追究することを希望しますが、父王はそれを認めません。

父王はお釈迦様をもっと楽しく宮殿内で過ごさせれば、考えも変わるだろうと、宮殿内で盛大に宴会を開き、着飾った美女たちを躍らせて、お釈迦様を喜ばせようとしました。

宴会も終わった夜中に、お釈迦様はひとり目を覚まされて、中庭を見てみると、酔いつぶれた踊り子たちがみだらな姿で眠りこけていました。

「なんと見苦しい、世の中には貧乏で苦しんでいる人々が大勢いるというのに、、」

Img_1279

お釈迦様はひそかに宮殿から脱出することにします。

宮殿から出るお釈迦様を精霊たちが護衛します。

お釈迦様の乗った馬が、蹄の音をたてないようにと、精霊たちは馬を持ち上げて、音もなくお釈迦様は宮殿からの脱出に成功します。

Img_1281

この壁画を見ると、精霊たち馬の蹄を手のひらに乗せている様子がわかります。

こうして宮殿を脱出したお釈迦様は、川のほとりで修行生活に入ります。

2

①お釈迦様は、髪を切り落とされると、その髪は天に舞い上がって、インドラ神が拾われて「これは高貴なものである」と崇めたのだそうです。

こうして厳しい修行に入ったお釈迦様は、断食をして、生死の境を彷徨いますが、しかし真理を得ることはできず、修行に失敗します。

身体はやせ細り、新たな修行に入る体力もありません。

②そこへ川のほとりの村に住む娘、名前をスジャータと言うのですが、その娘から滋養豊富な乳がゆをもらい、体力を回復させました。

スジャータは「褐色の恋人」として売られてますが、語源はここから来ているんですね。

③さらに草刈りをする村人から、わら束をもらい、そのわら束を菩提樹の木の下に敷いて、再び瞑想修行に入ります。

こんどは、修行も順調に進んでいったのですが、この修行中に悪魔がお釈迦様の修行の邪魔を企てます。

④迷走修行中のお釈迦様に邪念を惹起させようと、お釈迦様の周りで半裸の美女たちを踊らせて、誘惑しようとします。

しかし、この悪魔の計画は失敗し、お釈迦様は動じることもなく瞑想を続けます。

色仕掛けなどではダメだと悟った悪魔は、武力でお釈迦様をねじ伏せようとします。

⑤悪魔の軍隊を派遣して、お釈迦様に戦いを挑みます。

お釈迦様は、座禅を組んでいる姿から、右手を下に伸ばして「悪魔よ去れ」と一声あげます。

すると、髪の長い大地の女神が現れてお釈迦様を悪魔の軍団から救います。

ここでは大地の女神がどのようにお釈迦様を救ったのか、描かれていませんが、ワットヤイから国道を挟んだ向かい側にあるワットラーチャブラナの礼拝堂にある壁画には、続きが描かれています。

大地の神様の長い髪を絞ると、途方もない水が噴き出して、あたり一帯が大洪水となって、悪魔の軍団を呑み込んでしまったというものです。

たぶん、ほとんどのタイのお寺の壁画には、このようなお釈迦様の物語や古代インドの叙事詩からタイ版として再編集したラーマキエン物語などを見ることができます。

たぶん、観光できらびやかなタイのお寺を見学しても壁画など見過ごしてしまうこともあるかと思いますが、よく見ると壁画にはストーリーがあって、ちょっと調べながら見て回ると、なかなか面白いですよ。

Img_1288

ピサヌロークではタイ国内からの観光客は隔離なしでの受け入れを開始しました。

条件として、「ワクチン接種を2回終えていること」となっていますが、ピサヌローク到着時に係員の要請があればATK(抗体簡易検査)を受けていただき、陰性であればワクチンの接種の有無に関係なく旅行できます。

9月23日からはバンコクからの特急列車も運転が再開されて、これまでより2時間も早い、バンコクから5時間以内で到着できるようになりました。

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

メオダムもピサヌロークに住み着いて3年になります。

毎日が職場と下宿の往復ばかりで、じっくりと腰を落ち着けて、この街のことを調べたりすることが今までありませんでした。

仕事柄、スコータイ時代やアユタヤ時代のピサヌロークについては色々と調べてきていましたが、ピサヌロークの近代史的な部分はさっぱりでした。

でも、昼ごはん時とか、街の中を歩いていて、「あれなんだろう?」と気になることは色々とあります。

Img_1059

ピサヌロークの中心部を歩いていると、建物によく鳳凰のようなマークが付いているのに気が付きました。

鳳凰の下にはタイ語で"อาคารราชพัสดุ"と書かれています。

อาคารราชพัสดุとはアーカーン・ラーチャ・パッサドゥと発音し、「タイ王室に属する建物」と言った意味です。

鳳凰のマークはタイの王室系銀行であるクルンタイ銀行とよく似ています。

Photo_6

で、このマークの付いた建物がピサヌローク中心部にはやたらに多いんです。

メオダムは地元のタイ人に、このマークはなんなのか質問してみました。

「これは土地のオーナーが、王室に土地を寄付して、その土地に王室が建物を建てて、もともとのオーナーに建物の借用権を与えたものだよ」

というのが答えでした。

土地はあっても、建物を建てるお金がなくて、王室に建ててもらうってことはなんとなく理解できるのですが、それにしても市内の一等地に、こんなにもたくさんあることにメオダムはどうも納得がいきません。

Img_1061

それで、ちょっと調べ始めました。

まず、このマークの付いている建物に共通していることとして、どの建物もかなり年季が入っていること。

コンクリート製で2~3階建てになっていて、一階は通りに面して店舗のようになっていること。

長屋のように隣同士が壁一枚で隔てられたタウンハウスになっていること。

軒の庇が歩道の上にせり出していて、その庇には電線ケーブルが敷設されていること。

ヒントとして、どの建物も一様に年季が入っていることに注目。

つまり、ほぼ同じころ、いっせいにこれらの建物が建築されたと考えられます。

Add321024x561

ピサヌロークの街はいまから64年前、1957年に大火災によって町の中心部のほとんどを焼失してしまっています。

古い写真を転用させていただいたAdd News Phitsanulok社の記事によると、1957年1月2日に仕立て屋の4歳になる息子が、マッチで火遊びをしたことで火事になり、当時は木造の建物が密集していたことで瞬く間に、市街地全体に燃え広がったのだそうです。

Img_24021024x666

焼け出された人は6000人にも上ったそうです。

家と家財を失った人は、学校などでの避難生活をすることになったそうです。

つまり、鳳凰マークを付け年季の入った建物群は、この大火災からの復興過程で建築されたものと推測しました。

メオダムはさらに調べていくと、焼け出された人たちは、家屋を再建する財力も失っており、また行政側も、木造家屋が密集した以前のような状態から、区画整理をし、防災面でも考慮された街づくりを指導したくても、財政的に無理があったそうです。

そこで、土地の所有者は家屋が焼けてしまった土地を王室に献上し、その代わり新しい建物を建ててもらって、そこで生活を始めるということになったそうです。

タイ国王は街の再建のために10万バーツを下賜されたのだそうです。

そのときに建てられた建物に、このマークが付けられたということでした。

メオダムのいるH.I.S.ピサヌローク支店のすぐ近くに時計塔が立っているのですが、この時計塔も大火災からの復興のシンボルとして建てられたものだそうです。

Img_2640

なお、火元となった仕立て屋があった場所は、エカトサロット通りのソイ・モーシリワンというところだったようです。

このソイ・モーシリワンと言うのは、行き止まりの路地なのですが、確認に行ってみたらなんと寿司屋がありました。

店名は「和らぐ(やわらぐ)スシ・バー」で、秋田の銘酒「高清水」と書かれた提灯がぶら下がっている隠れ家みたいな店でした。

"Omakase Bento"とも書かれています。

「よし、今日のランチはここの弁当でも食べてみるか」と軽く考えたのですが、お値段はなんと1,499バーツ也。

すごすごと退散です。

ピサヌロークにこんなに値段の高い食堂があったなんて、3年目にして初めて知りました。

「和らぐ(やわらぐ)スシ・バー」のFace Book
https://www.facebook.com/Yawaragu-sushi-bar-652271805221602

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

メオダムの所持品には最新式と言ったものがほとんどありません。

だいたいが、中古品みたいな時代遅れのモノばかりです。

よく言えば「物持ちが良い」ともいえますが、時代に取り残されているとも言えます。

そんなわけで、手元にはフィルム式カメラなんかもあったりします。

一応一眼レフなのですが、キヤノンAE-1という40年も昔のカメラです。

Img_4767

最後にシャッターを切ってから、もう数年が過ぎていまして、ずっと放置。

その間に電池はだめになり、内部も故障、レンズも曇ってしまって、普通なら捨ててしまうのでしょうけれど、メオダムは「捨てるには惜しい」とバンコクでカメラの修理屋が集まっているといわれるメガ・プラザ(最寄MRTサムヨート駅)を教えてもらって、内部の部品交換などの修理してもらいました。

Img_4718

このメガプラザというのは、タイのオタク系の人たちの聖地みたいな場所で、フィギュアと呼ばれる人形ばかりを集めた店とか、個性的な趣味の強い店が沢山集まっていました。

その5階がカメラの店や修理屋が集まっていて、フロアーはごちゃごちゃと迷路みたいです。

メオダムのカメラを修理してくれた店も、ふるーいカメラが乱雑に転がっているような店で、アクの強そうな修理職人が1人で作業していました。

Img_4716

昔のカメラの部品は、ピサヌロークでは手に入らないので、バンコクまで修理に出したのですが、レンズの方はピサヌロークでも何とかなるようだったので、レンズの修理は地元ピサヌロークで行いました。

長年使っていなかったのりで、レンズに埃が付着してしまって、取れなくなっているとの事で、レンズは別の程度が良い中古品と交換となりました。

Img_4768

手元に戻ってきたカメラのファインダーをのぞくと、まだ少し滲むような感じがありますが、でももともと古いものなので、このへんで妥協。

今のカメラと違って、シャッタースピードやピントあわせは手作業です。

40年前はまだオートフォーカスなんて今なら当たり前の技術がまだありませんでした。

それでも、このカメラは当時は最新式で「世界で初めてマイクロコンピュータ」を搭載したカメラで、露出をプログラムで自動計算してくれるというものでした。

そのマイコンのCPUは何と4ビット!だそうです。

ギガバイトでも、メガバイトでもなく、キロバイトでさえない、4ビット。

デジカメ全盛時代になったとはいえ、まだピサヌロークでも写真フィルムを売っている写真屋は何軒か残っています。

しかし、そのフィルムももう10年以上も前から売れ残って、埃が降り積もった陳列棚に置かれっぱなしになっているような、パッケージも色あせたものばかりです。

そして、そんなフィルムを売っていても、その写真屋では現像や焼付けサービス(DPE)は出来ないと断られます。

20年くらい前までのタイならば、町のあちこちにスピード現像を売り物にする写真屋がありました。

撮影し終わったフィルムを持ち込めば、巨大な機械に放り込み30分くらいで写真が出来てくるというものでした。

しかし、もう写真はデジタルが当たり前となって、町の写真屋でも現像焼付けが出来るところがなくなってしまいました。

メオダムはカメラの修理屋に教えてもらって、写真フィルムの現像が出来る店の情報を得ました。

場所は、ピサヌローク駅の北側、駅から鉄道線路沿いに北側へ歩き、最初の踏切で右に曲がって少し歩いたところにありました。

店の名前は、「フォトプラス」です。

Img_0474

看板とかも全てタイ語だし、店の中も写真屋というより印刷屋みたいな雰囲気で、ほんとうにここでフィルム写真をやってくれるのか、最初少し心配になりました。

でも、間違いなく写真フィルムを取り扱っているとの事で、対応してくれた女性スタッフは、しきりに「フェースブックでシェアしろ」と言います。

シェアすれば、現像料が150バーツのところ100バーツになるキャンペーン中なのだとか。

Img_0310

メオダム、よく分からないので、その女性スタッフにスマホごと渡して手続きしてもらいました。

そして100バーツを払って、「ハイ終了」と言われて、ちょっと驚き。

「え?写真はいつ出来上がるんですか、プリント代は、、、」と質問。

「現像終わったらラインで送るから、もしネガが欲しかったら1週間以内に取りに来て、1週間過ぎたら処分しますからね」とのこと。

ますます不思議になってくる。

「プリントはどうなるのですか?」と再度質問。

「プリントしたい写真を選んでまた注文しに来たら、30分以内でプリントできるわよ」とのお告げ。

それはそうだろうけど、メオダムとしては写真の出来具合に関係なく、写真フィルムは「同時プリント(懐かしい響き)」が当たり前だと思っているので、どうも合点がいかない。

「いや、フィルムに写っている写真を全部プリントして欲しいんだよ、その分前金払うからさ」と言っても、こんどは女性スタッフがキョトンとしている。

「だって、フィルムに何枚写真が写っているか分からないじゃない、そしたらいくらかも分かんないわ、プリントは1枚3バーツなんだから、、」

まったくニワトリとアヒルの会話状態。

でも、想像力たくましく理解しえたところでは、

  1. 2時間後に現像が完了したら、Lineで知らせが届く。
  2. そのLineで現像された写真が確認できる。
  3. 欲しい写真を選んでプリントを注文する。

という事らしい。

待つこと、約2時間でスマホにLineでメッセージが届きました。

Img_1044

Lineで届いたメッセージにGoogle Driveへのリンクが貼られています。

ここをクリックすると、現像されたフィルムの写真がデジタルデータになって、閲覧できるようになっています。

閲覧だけではなく、オリジナルサイズでダウンロードも可能です。

Img_0311

なるほどぉぉぉ、これならフィルム写真もデジタルに変換されていて、フィルムを現像処理したネガを店が1週間しか保管せず、処分されてもかまわないという人がいるのだろう。

プリントだって、画像データさえ手に入れば、プリンターで自分でプリントしてしまう人もいるはずだ。

届いた画像データは全部で30あったので、全部プリントしてもらう。

もう時代遅れの写真フィルムと思っていたけれど、ここでも時代はアップデートされて、どんどんと先を進んでいるようだった。

なお、30分後にプリントされた写真を受け取ったけれど、どうもネガから印画紙に焼いたものではなく、画像データからプリンターで印刷したもののようだった。

できばえはどうあれ、やっぱりフィルム写真はネガから印画紙に焼き付けてもらいたかった。

いつか機会があれば、もういちどネガから焼いてくれるところを探してみようと思う。

HIS バンコク支店

HIS チェンマイ支店

HIS チェンライ支店

HIS ピサヌローク支店

2021年1月以前の記事はこちら
HIS バンコク支店・HIS ピサヌローク支店の記事は、全てこちらの同ブログ内にございます。
2021.09
loading...