サワッディーチャオ、チェンライ支店のソムです。

ピサヌロークは北部&東北部タイの入り口で、実はほんの少しだけラオスとの国境を接しています。

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ベトナム戦争当時、ラオスはホーチミンルートと呼ばれる、南北ベトナムの兵站補給路となりました。そしてラオス国内のベトナム人も、戦禍を逃れ、また南側だった人も政治的迫害を逃れ、タイに避難してきました。当初タイ政府は東北タイでは、ラオス国境県とその隣の県のみへの居住を許可しました。つまり国境県であるノンカイやウボンラチャタニー、ナコンパノムそして、国境県の隣のウドンタニーにサコンナコンの5県(+プラチンブリー、パッタルン、スラータニーの計8県)です。ピサヌロークはこの5県に含まれませんが、その後の人の移動に伴ってでしょうか、街には、川べりの屋台から少し気取ったレストランまで、ベトナムの味を楽しめるスポットがあります。

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HISピサヌローク支店の記事を参考に、ナーン川までそぞろ歩き。お目当てはメオダムさんのチョイスとは少し異なり、クワイチャップ・ユアン(ベトナム式クワイチャップ)です。くるくる巻いた正方形の米麺のクワイチャップではなく、やさしいうどんのような味わいのこれが、私は大好きです。

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カフェオレ色のナーン川を渡る風。甘い中国ソーセージと甘い豚肉そぼろののった、カイガタと、

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ゆっくり落ちるベトナム式コーヒー。練乳が混ざらないように、そっと上澄みだけ飲みました。

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2年ぶりのクワイチャップ・ユアン。

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米の麺ですが、クイッティアオとはまた違った食感です。

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朝粥感覚で食べてみてください。

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ナーン川には家船。レストランやバー、ゲストハウスに改造された家船もありますが、まだまだ実際に人が居住し生活されている、筏の家。メオダム情報によれば、なんと正式な住所もあるそうです。

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お寺と空飛ぶ空心菜だけじゃない、ピサヌローク。少し遠いですが、北から南から足を運んでみてください。

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

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メオダムは昨日(6月13日)、ルーイ県ダンサイ村で行われるピーターコン祭りを見学してきました。

ピーターコンとは「オバケ祭り」として有名で、ダンサイ村と言う山奥の小さな村で毎年6月か7月頃に開催されるお祭りです。

ただし、今年も去年に引き続きコロナの影響で、大掛かりな観光イベントは中止となり、伝統的な儀式中心のお祭りとなりました。

そのため、派手さはないけど、素朴なピーターコン本来の姿を見ることができたように思います。

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コロナ以上に残念なのは、お天気でした。

ベトナムの東方海上に台風(台風4号=コグマ)が発生し、インドシナ半島に上陸して、ゆっくりとタイ東北部方向に進んできています。

その影響で、ダンサイ村も朝からずっと雨模様。

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ピーターコンのオバケたちは、恐ろしいお面を付けているのですが、根は陽気なオバケたちなので、本当はあんまり雨など湿っぽくて似つかわしくありません。

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最初に出会ったのはハリボテのオバケです。

男と女のオバケがペアで、村人たちが太鼓や鐘などの楽器を打ち鳴らし、踊りを踊りながら先導されて現れました。

ピーターコンは大昔から行われてきたお祭りとされていますが、どうもその起源などのはっきりした由来はわかっていないようなんです。

一説では雨乞いの祭りとも言われていますし、災いをもたらす幽霊が、村人たちを守ってくれるようにとの願いから始まったとも言われています。

メオダムはこのハリボテのオバケの顔を見て、ピーターコンの由来は意外とインドシナの近現代史とも関係しているのではないかと思えてきました。

このオバケの顔、タイ人的な顔つきではなく、何となく西洋人的な雰囲気を持っています。

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19世紀ころ、メコン川を遡ってきて、フランス兵たちが隣国ラオスを占領していきます。

当時この辺りの人は、西洋人など見たこともなく、フランス兵を恐れ、オバケとでも思ったのではないかと思ったりしました。

日本でも、秋田県男鹿半島のナマハゲの由来に関して、18世紀にシベリアから南下してきたロシア人を当時の人たちは「赤蝦夷(あかえぞ)」と呼んで、恐れたのが発祥と言う説もあるようだし、それと似たようなことが、こんな寒村でも起きていたのではないかと、想像してみました。

 

例年だと、この村は周辺の集落からたくさんのピーターコンに扮した村人たちが集まってきて、大騒ぎになるのですが、今年はだいぶ状況が違うようです。

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例年、村のメインストリートにはあふれるほどの観光客とオバケの熱気が充満していたのですが、この日のメインストリートは、そぼ降る雨に人通りもまばらです。

お昼時に、この村にあるツアーでも利用するレストランで食事をしようと向かったのですが、レストランは営業していませんでした。

仕方なく、市場の近くにある大衆食堂でタイ風のパパイヤサラダ、ソムタムとカオニャオと呼ばれるモチ米を食べました。

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その食堂の壁にもたくさんピーターコンのお面が掛けられています。

このダンサイ村は、ピーターコン祭りを中心にして回っているような村なので、このような寂しいピータコン祭りになってしまうと、村の経済に与える影響は計り知れないのではないかとメオダムは心配になってきます。

なお、このピーターコン祭りの会場であるお寺(ワット・ポーンチャイ)では、お祭りに来た人たちへ食事を提供していました。

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食べさせてくれるものは、カノムチーンと呼ばれるタイ風の素麺やソムタムなどで、村の人たちが学校の給食のようにして食べていました。

メオダムもここでオスソワケにあずかれば良かったかな。

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ほんとうは、タイのお寺の境内でビールなどアルコール飲料を飲むことは禁止されているのですが、オバケたちは例外のようで、ピーターコンは大きな菩提樹の木の下で、雨宿りしながらビールをクビグビやってました。

 

午後になって、雨脚もちょっと強くなり、少し風も出てきました。

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巨大なピーターコンのオブジェの下では、3匹のオバケたちが雨宿りしていました。

お寺の外でも、少しずつピーターコンの姿を見かけるようになってきました。

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ほんとうなら、こんなピーターコンが朝から村中を徘徊しているはずなんですが、今年はオバケの絶対数が少ないようです。

それでも、午後3時近くなると、急にお寺へやってくる人たちが増えてきました。

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お寺の門の前では、おそろいのユニフォームを着た検疫係が並び、来場者の体温測定をしたりして健康チェックをしています。

健康チェックでは、QRコードを読み込んだり、訪問台帳への記載を求められることもなく、バスすれば手のひらにアルコールジェルを垂らしてくれて、入場OKです。

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ねずみ色したピーターコンも、まさしく濡れネズミになってお寺への階段を登ってきます。

そんななか、お寺の太鼓が打ち鳴らされて、パレードが始まるようです。

今年は規模を縮小し、伝統行事のしきたりにのっとってのパレードです。

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先頭には村人4人が担ぐ輿に乗った仏像、そして同じく輿に乗った黄衣の僧侶が読経しながら続きます。

いえ、たぶんメオダムは僧侶が読経していると想像しただけで、お経の声は聴こえていません。

なんたって、お寺の境内は調子っぱずれで陽気なタイ東北部のイサーン音楽が巨大なスピーカーからガンガン流れてきているのです。

僧侶に続いて、白装束の男性です。

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この男性は、このダンサイ村の祈祷師で、ピーターコン祭りを仕切っている人です。

この祈祷師はチャオポー・クワンと呼ばれていて、オバケの世界とお結ぶ役割をし、オバケたちのお告げを村人に伝える役をしています。

なんだか、恐山のイタコみたいですね。

この祈祷師が乗っている輿は、木の棒を組んだもので、たくさんの男性によって担がれています。

この輿の上から、祈祷師は金色の鉢に入った造花を掴んで、投げて回ります。

その造花を村人たちが、争って拾い合います。

きっと、ご利益があるのでしょう。

でも、祈祷師さん、アゴマスクですね、、、。

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祈祷師の後ろからはピーターコンたちも続いて、お寺の礼拝堂の周りを時計と反対周りにグルグルと3回練り歩きます。

そして、ピーターコンたちを外に残して僧侶や祈祷師たちは礼拝堂の中に入って行きました。

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礼拝堂の中では、きっと神聖な儀式が行われているのでしょう。

ピーターコン祭りは仏教行事とされていますが、祈祷師やオバケなど精霊信仰(シャーマニズム)の部分も多いようです。

礼拝堂に入らず、外に残されたピーターコンたちはイサーン音楽に合わせてお寺の境内で踊っています。

ピーターコンのオバケたちはやっぱり陽気な連中のようです。

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と、キューーーーーンと突然に天を突くような轟音が聞こえてきました。

まるでジェット戦闘機が低空飛行でもしたような轟音です。

そしてまた、キューーーーンと続きます。

そらを見上げると、雨雲に向かって一直線に高速で飛んでいく飛行物体。

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ブン・バンファイと呼ばれるタイ東北部の祭りで有名な竹製ロケットのようです。

竹竿の中の火薬を詰めて、打ち上げるハンドメイドなロケットで、お寺の裏側から次々に空へ向かって打ち上げています。

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小型のロケットは地上から打ち上げます。

シュゥゥゥーッという音とともに、もうもうたる白煙を残してロケットは飛んでいきます。

さらに大型のロケットは櫓を組んで打ち上げます。

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爆音の迫力で手ブレしてしまいました。

今年のピーターコン祭りはコロナと雨に見舞われてしまいましたが、しかし、伝統行事の部分をしっかり見ることができたと思っています。

僭越ながら、メオダムもピーターコンになってみました。

来年こそは、もっと晴れやかなお祭りを楽しみたいと思います。

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ダンサイ村へはピサヌロークの市内から150キロメートル、車で約2時間半の場所にあります。

お祭り以外の時期でも、ワット・ポーンチャイ境内にはピーターコン博物館があり、ピーターコン博物館のお面などを展示しています。

サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

メオダムは先日、イサーンと呼ばれるタイ東北部、ナコンラチャシマ県にあるピマーイ遺跡を見てきました。

ピマーイ遺跡は11世紀ころクメール王スーリヤヴァルマン1世によって作られたとされています。

時代からするとアンコールワットが12世紀末に完成(?)していますから、アンコールワットより古いクメール遺跡ということになります。

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シルエットもアンコールワットそっくりで、いくつもの回廊の中心に、ヒンズー教の神々が棲むと言われる須弥山(しゅみせん=メル山)を形どった塔をいただいています。

ピマーイの建築デザインは、一説ではアンコールワット建設に際してモデルとしたのではないかとも言われているそうです。

メオダム、ピマーイ遺跡を見学したのは、十何年ぶりになるのですが、久しぶりに訪れて見て、ふだん目にしているスコータイ遺跡と比較ができたこともあり、とても興味深かったです。

ピマーイ遺跡は、タイ東北部の玄関口ともいえる大都市ナコンラチャシマの北東に位置しており、ナコンラチャシマ市内から車で約1時間の距離にあります。

ピマーイはクメール時代にアンコールワット、アンコールトムの副都として栄えたともいわれます。

遺跡の規模としては、タイ国内のクメール遺跡で最大のモノだそうです。

特に12世紀前後、ジャヤヴァルマン7世の頃が最盛期だったようです。

ヒンズー教が一般的だったクメール帝国にあって、ジャヤヴァルマン7世は大乗仏教を信奉し、クメール帝国内の街道を整備し、多くの療養所や寺院も建造しています。

また、当時クメール帝国の東側、現在のベトナム南部にあったチャンパ国ともしばしば戦争をしていました。

ピマーイ遺跡内からは、ジャヤヴァルマン7世の像が見つかっており(博物館に保管)、またシャヤバルマンが信奉していたからでしょうか、仏教に関するレリーフも多く見られます。

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正直なところ、メオダムはピサヌローク支店に着任するまで、遺跡とかにほとんど興味がありませんでした。

前回ピマーイ遺跡を見学した時も「アンコールワットに似たクメール遺跡」くらいしか印象に残っていませんでした。

しかし、スコータイにしばしば行くようになり、スコータイの仏塔や仏像、レリーフを見ているうちに、多少は「目が肥えて」来たのでしょうか、今回ピマーイ遺跡を訪問して、着眼点が変わってきました。

ピマーイ遺跡は、是非とも最低2回は訪問していただきたいと思います。

最初の1回目の訪問では、全体像としてのピマーイ遺跡です。

重厚な石造りのクメール建築を見ていただくだけで、十分に迫力が伝わってくると思います。

2回目は、建造物の装飾として彫り込まれたレリーフなどを中心に見ていただきたいと思います。

特にピマーイ遺跡では「まぐさ石(リンテル)」と呼ばれる、門の上で鴨居のように渡された大きな石に彫りこまれた彫刻を見ていただきたいです。

スコータイでは、周辺で産出される石がラテライトやスレートなどの石質で、建築材としては良質なものの、彫刻には向かないということもあり、レリーフはもっぱら石の上に塗られた漆喰に施されています。

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↑ [スコータイ遺跡の漆喰上に施されたレリーフ]

ピマーイ遺跡では、砂岩という細かな彫り込みに適した石質の石が産出されるため、石に直接彫刻を施してあります。

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回廊の門の上に乗っているのが「まぐさ石」です。

ピマーイ遺跡のまぐさ石には、ヒンズーの神々、お釈迦様、そしてインドの古代叙事詩ラーマヤナ物語をテーマにしたものが彫り込まれています。

メオダムも少しはスコータイ遺跡で、これらの下勉強をしてきたつもりですが、難しくてたくさんいるヒンズーの神様などは、代表的な神様を、その乗り物となる動物から判断して、そのモチーフが何であったのか推測するしかありません。

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このレリーフでは8人が踊っています。

ヒンズー教でダンサーと言ったら天女アプサラが有名ですが、ここに描かれているのは男性のようです。

ヒンズーの神様なのでしょうか、それとも喜びを表現するクメールの王たちなのでしょうか?

建築材には、ラテライトを使っている部分もありますが、この回廊は赤い砂岩と白い砂岩を使い色彩的なコントラストを演出していたようです。

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神殿への入り口に、ナーガ橋と呼ばれる大きな石の橋があります。

上から見ると十文字の形をしていますが、その欄干が多頭の蛇、ナーガになっています。

そのナーガの前方には、ライオン(獅子)が、狛犬のように鎮座していますが、この写真のライオンは、レプリカのようです。

きっとホンモノは博物館にでも保管されているのでしょう。

ナーガ橋は、地上界と天界とを隔てる橋と言われています。

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ナーガ橋を渡ると、いくつもの回廊があり、その奥に中央祠が見えます。

もともとは、回廊部分にも屋根もあったはずなのですが、ほとんどかが落ちてしまって青空がのぞいています。

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このまぐさ石にはたくさんの人が描かれています。左手にはゾウも見えますし、ゾウの前には輿を担いだ人も見えます。

輿に乗っているのは誰なのでしょうか?

ヒンズーの神々ではなさそうです。

これはクメール王の行幸をモチーフにしたものなのでしょうか?

まん中の人は、両手を挙げてバンザイをしているように見えますし、右手側の人たちは、口元に笛を当てているように見えます。

盛大でにぎやかなパレードであることが伝わってきます。

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一番奥の回廊では、床に丸い穴がいくつも空いているところがありました。

その部分だけ低い柵で覆われてます。

解説も書かれており、この床の穴には聖なる木を建てたのだそうです。

その聖なる木には、黄金の葉が付けられて、その黄金の葉は博物館に展示されているとのことでした。

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中央の祠の中に入って行くと、天井の四周に細かなレリーフがぎっしりとはめ込まれています。

このゾウに乗った兵士たちが戦っている様子の構図は、ピサヌロークの寺院壁画でも良く見かける構図です。

ゾウの軍団が右と左に分かれて戦っているように見えますが、実はその左右中央の上に坐禅を組むお釈迦様が彫り込まれています。

これは菩提樹の下で瞑想するお釈迦様へ戦いを挑むマラという悪魔の軍勢。

やがて、大地の神様が大洪水を起こして、悪魔たちを退治し、お釈迦様が勝利するのですが、レリーフをよく見ると、座禅を組むお釈迦様の右手に、手を頭に挙げている女性のような姿が見られます。

きっと、この女性が大地の神様なのでしょう。

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↑ この壁画はピサヌロークのラーチャブラナ寺院にあるもので、19世紀に描かれたものです。ピマーイのものと同じテーマのようです。

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こちらも戦いのようですが、このレリーフは左右に分かれて戦っている様子です。

ゾウはいませんが、戦車に乗って弓を引き合っています。

ヒンズーの神々のお話にはたくさんの戦いのシーンがあるので、ちょっと見ただけではメオダムには何の戦いなのか、よくわかりませんでしたが、目を凝らしてよぉく見てみると、、、

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右側の戦車に乗って弓を引く大将の足に齧りついているサルが見えます(赤〇)。

他にも、右手の兵士に飛びかかっているサルたちが(青〇)。

どうやら、これはラーマヤナ物語のクライマックス、ランカーでの大決戦の様子のようです。

右手の弓を引くのが、悪の王ラーヴァナで、左手がラーヴァナにシータ妃をさらわれたラーマ王子ということになるのでしょう。

ラーマヤナ物語は、ラーヴァナにさらわれたシータ妃を取り戻すためにラーマ王子が戦いの旅に出る話で、旅の途中でサルの王ハヌマーンと出会い、ハヌマーンがラーマ王子を助太刀するストーリーです。

このブログ記事の前出でスコータイのレリーフの写真を付けましたが、これもラーヴァナの兵士と戦うハヌマーンをモチーフにしたものです。

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こちらはお釈迦様のストーリーです。

上段中央に立たれているのが、お釈迦様で、背後にはお釈迦様が悟りを開かれるために修行を積まれた菩提樹の木が見えます。

上段にしゃがむ人たちは、立膝をしている人もあり、また手には何かを持っています。

お釈迦様への捧げものでしょうか。また、背後では大きな扇子で風をそよがせている様子も見られます。

右手側に居並んでいるのは、胸の形からして女性のようです。やはり手に何か持って捧げている姿も見られます。

下の段、中央には踊りを踊っている人、楽器を演奏している人が見えます。

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ちょっと色っぽい姿で座っている女性も見えます。
はてさて、これはいったいどういうシーンなんでしょうか?

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このまぐさ石に彫られたテーマはシータ妃を取り戻したラーマ王子がアヨーディア国へ帰る姿だそうです。

タイのアユタヤの語源になったのが、ラーマヤナ物語に出てくるインドの国アヨーディアだそうです。

このまぐさ石の上の妻にあるレリーフにはシヴァ神を一番上にいただき、その下に伝説の水鳥ハンサ(ホン=鴻)に乗ったブラフマ神と鳥人ガルーダに乗ったヴィシュヌ神なのだそうです。

ヴィシュヌ神と言えば、ピサヌロークの街の語源もヴィシュヌから来ているそうで、ヴィシュヌがピサヌになって、ロークがタイ語で世界を表します。

つまり、ピサヌロークとはヴィシュヌ・ワールドと言った意味になります。

ヒンズー教の三大神、シヴァは破壊の神、ヴィシュヌは安定の神、ブラフマは創造の神とされますが、ピマーイの遺跡を見て回ると、ヴィシュヌの過激な一面もあるようです。

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このまぐさ石を見ると、何やら怪物のようなものが、なにかを齧っています。

この怪物みたいなものは、カーラと言って死の神様です。

このカーラは貪欲で、なんでも食べてしまいます。

そして、自分の体まで食べてしまい、頭だけになってしまったものだそうです。

そして、ピマーイの遺跡にはカーラのレリーフをいくつも見かけます。

カーラは門番の役目も果たしているそうです。

で、そのカーラの上に乗っているのがヴィシュヌだそうです。

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よく見ると、ヴィシュヌは両手に何かを持っています。

左側はゾウのようです。

右はよく見えませんが、ライオンらしいです。

ヴィシュヌもなかなかすごいですね。

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こちらもバトルのクライマックスです。

相手の髪を引いて、首を討ち据えようとしているのが、ヒンズーの神々きっての美少年として知られるクリシュナだそうです。

そして、やっつけられているのは、悪役カンサです。

なお、まぐさ石のあって左右に蛇のように伸びているのは、マカラと言ってワニのような怪魚なのだそうです。

足もあったりするし、龍のような存在のようですが、ナーガと同様に水の神様だそうです。

そして、そのマカラの周りで渦を巻いているのが、水流なのでしょう。

クメールの人たちと言うのは、こんなタイ東北部、イサーン大地にあっても、水の民だったようです。

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この真ん中に穴の開いている四角い石は、ヨニと呼ばれる女性器を象徴したものです。

手前に伸びた部分には、溝が彫られてあり、そこから流れ出た水は聖水とされたそうです。

女性器があれば、当然ながら男性器もあり、それはリンガと呼ばれ、シヴァ神の化身ともされています。

リンガは中央祠に鎮座しているのが一般的ですが、ジャヤバルマン7世の時代に、ここがヒンズー神殿から大乗仏教寺院になった時に、リンガからナーガに守られた仏像に置き換えられたのかもしれません。

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現在、リンガはピマーイ博物館で見ることができます。

ヴァルマン7世の像と体形がとても良く似ています。

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ピマーイ遺跡、如何でしたか?

いまはコロナ禍にあって、タイに住んでいてもなかなかアンコールワットへ行けなくなってしまいましたが、タイ国内にもこんなにすごいクメール遺跡があるんですね。

 

なお、博物館などでは、スコータイ時代以前、現在のタイの国土の大半がクルール帝国の版図に組み込まれていた時代のことをクメール時代とは呼ばず、ロッブリー時代と呼んでいます。

これもタイの人たちの愛国心からそうなったものとも思いますが、この時代ロッブリーを中心としたクメールの属国で、主にモン族を中心としたドヴァーラヴァティー王国と言うのがロッブリーにあったとされています。

ロッブリーもクメール時代の遺跡やアユタヤ時代の宮殿跡など、見どころもたくさんあります。

こんどのソンクラーン休みにでも、ちょっと暑いですが、タイ国内のクメール遺跡を見に出かけませんか?



これも一応イサーン地方の外れになるのですが、ピサヌロークからルーイ県に入ったところにあるダンサーイ村では、毎年ピーターコン祭りと言うオバケの祭りがあります。

ことしは6月12日~14日で予定されており、H.I.S.バンコク支店ではピーターコン祭りへのツアーを募集開始しました。

タイの奇祭「ピーターコン祭り」& 世界遺産「スコータイ」観光

https://www.his-bkk.com/packagetour/j-fpphsphitakhon/

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2021.09
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