サワディーにゃお!

ピサヌローク支店のメオダムです。

メオダムは先日、イサーンと呼ばれるタイ東北部、ナコンラチャシマ県にあるピマーイ遺跡を見てきました。

ピマーイ遺跡は11世紀ころクメール王スーリヤヴァルマン1世によって作られたとされています。

時代からするとアンコールワットが12世紀末に完成(?)していますから、アンコールワットより古いクメール遺跡ということになります。

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シルエットもアンコールワットそっくりで、いくつもの回廊の中心に、ヒンズー教の神々が棲むと言われる須弥山(しゅみせん=メル山)を形どった塔をいただいています。

ピマーイの建築デザインは、一説ではアンコールワット建設に際してモデルとしたのではないかとも言われているそうです。

メオダム、ピマーイ遺跡を見学したのは、十何年ぶりになるのですが、久しぶりに訪れて見て、ふだん目にしているスコータイ遺跡と比較ができたこともあり、とても興味深かったです。

ピマーイ遺跡は、タイ東北部の玄関口ともいえる大都市ナコンラチャシマの北東に位置しており、ナコンラチャシマ市内から車で約1時間の距離にあります。

ピマーイはクメール時代にアンコールワット、アンコールトムの副都として栄えたともいわれます。

遺跡の規模としては、タイ国内のクメール遺跡で最大のモノだそうです。

特に12世紀前後、ジャヤヴァルマン7世の頃が最盛期だったようです。

ヒンズー教が一般的だったクメール帝国にあって、ジャヤヴァルマン7世は大乗仏教を信奉し、クメール帝国内の街道を整備し、多くの療養所や寺院も建造しています。

また、当時クメール帝国の東側、現在のベトナム南部にあったチャンパ国ともしばしば戦争をしていました。

ピマーイ遺跡内からは、ジャヤヴァルマン7世の像が見つかっており(博物館に保管)、またシャヤバルマンが信奉していたからでしょうか、仏教に関するレリーフも多く見られます。

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正直なところ、メオダムはピサヌローク支店に着任するまで、遺跡とかにほとんど興味がありませんでした。

前回ピマーイ遺跡を見学した時も「アンコールワットに似たクメール遺跡」くらいしか印象に残っていませんでした。

しかし、スコータイにしばしば行くようになり、スコータイの仏塔や仏像、レリーフを見ているうちに、多少は「目が肥えて」来たのでしょうか、今回ピマーイ遺跡を訪問して、着眼点が変わってきました。

ピマーイ遺跡は、是非とも最低2回は訪問していただきたいと思います。

最初の1回目の訪問では、全体像としてのピマーイ遺跡です。

重厚な石造りのクメール建築を見ていただくだけで、十分に迫力が伝わってくると思います。

2回目は、建造物の装飾として彫り込まれたレリーフなどを中心に見ていただきたいと思います。

特にピマーイ遺跡では「まぐさ石(リンテル)」と呼ばれる、門の上で鴨居のように渡された大きな石に彫りこまれた彫刻を見ていただきたいです。

スコータイでは、周辺で産出される石がラテライトやスレートなどの石質で、建築材としては良質なものの、彫刻には向かないということもあり、レリーフはもっぱら石の上に塗られた漆喰に施されています。

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↑ [スコータイ遺跡の漆喰上に施されたレリーフ]

ピマーイ遺跡では、砂岩という細かな彫り込みに適した石質の石が産出されるため、石に直接彫刻を施してあります。

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回廊の門の上に乗っているのが「まぐさ石」です。

ピマーイ遺跡のまぐさ石には、ヒンズーの神々、お釈迦様、そしてインドの古代叙事詩ラーマヤナ物語をテーマにしたものが彫り込まれています。

メオダムも少しはスコータイ遺跡で、これらの下勉強をしてきたつもりですが、難しくてたくさんいるヒンズーの神様などは、代表的な神様を、その乗り物となる動物から判断して、そのモチーフが何であったのか推測するしかありません。

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このレリーフでは8人が踊っています。

ヒンズー教でダンサーと言ったら天女アプサラが有名ですが、ここに描かれているのは男性のようです。

ヒンズーの神様なのでしょうか、それとも喜びを表現するクメールの王たちなのでしょうか?

建築材には、ラテライトを使っている部分もありますが、この回廊は赤い砂岩と白い砂岩を使い色彩的なコントラストを演出していたようです。

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神殿への入り口に、ナーガ橋と呼ばれる大きな石の橋があります。

上から見ると十文字の形をしていますが、その欄干が多頭の蛇、ナーガになっています。

そのナーガの前方には、ライオン(獅子)が、狛犬のように鎮座していますが、この写真のライオンは、レプリカのようです。

きっとホンモノは博物館にでも保管されているのでしょう。

ナーガ橋は、地上界と天界とを隔てる橋と言われています。

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ナーガ橋を渡ると、いくつもの回廊があり、その奥に中央祠が見えます。

もともとは、回廊部分にも屋根もあったはずなのですが、ほとんどかが落ちてしまって青空がのぞいています。

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このまぐさ石にはたくさんの人が描かれています。左手にはゾウも見えますし、ゾウの前には輿を担いだ人も見えます。

輿に乗っているのは誰なのでしょうか?

ヒンズーの神々ではなさそうです。

これはクメール王の行幸をモチーフにしたものなのでしょうか?

まん中の人は、両手を挙げてバンザイをしているように見えますし、右手側の人たちは、口元に笛を当てているように見えます。

盛大でにぎやかなパレードであることが伝わってきます。

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一番奥の回廊では、床に丸い穴がいくつも空いているところがありました。

その部分だけ低い柵で覆われてます。

解説も書かれており、この床の穴には聖なる木を建てたのだそうです。

その聖なる木には、黄金の葉が付けられて、その黄金の葉は博物館に展示されているとのことでした。

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中央の祠の中に入って行くと、天井の四周に細かなレリーフがぎっしりとはめ込まれています。

このゾウに乗った兵士たちが戦っている様子の構図は、ピサヌロークの寺院壁画でも良く見かける構図です。

ゾウの軍団が右と左に分かれて戦っているように見えますが、実はその左右中央の上に坐禅を組むお釈迦様が彫り込まれています。

これは菩提樹の下で瞑想するお釈迦様へ戦いを挑むマラという悪魔の軍勢。

やがて、大地の神様が大洪水を起こして、悪魔たちを退治し、お釈迦様が勝利するのですが、レリーフをよく見ると、座禅を組むお釈迦様の右手に、手を頭に挙げている女性のような姿が見られます。

きっと、この女性が大地の神様なのでしょう。

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↑ この壁画はピサヌロークのラーチャブラナ寺院にあるもので、19世紀に描かれたものです。ピマーイのものと同じテーマのようです。

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こちらも戦いのようですが、このレリーフは左右に分かれて戦っている様子です。

ゾウはいませんが、戦車に乗って弓を引き合っています。

ヒンズーの神々のお話にはたくさんの戦いのシーンがあるので、ちょっと見ただけではメオダムには何の戦いなのか、よくわかりませんでしたが、目を凝らしてよぉく見てみると、、、

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右側の戦車に乗って弓を引く大将の足に齧りついているサルが見えます(赤〇)。

他にも、右手の兵士に飛びかかっているサルたちが(青〇)。

どうやら、これはラーマヤナ物語のクライマックス、ランカーでの大決戦の様子のようです。

右手の弓を引くのが、悪の王ラーヴァナで、左手がラーヴァナにシータ妃をさらわれたラーマ王子ということになるのでしょう。

ラーマヤナ物語は、ラーヴァナにさらわれたシータ妃を取り戻すためにラーマ王子が戦いの旅に出る話で、旅の途中でサルの王ハヌマーンと出会い、ハヌマーンがラーマ王子を助太刀するストーリーです。

このブログ記事の前出でスコータイのレリーフの写真を付けましたが、これもラーヴァナの兵士と戦うハヌマーンをモチーフにしたものです。

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こちらはお釈迦様のストーリーです。

上段中央に立たれているのが、お釈迦様で、背後にはお釈迦様が悟りを開かれるために修行を積まれた菩提樹の木が見えます。

上段にしゃがむ人たちは、立膝をしている人もあり、また手には何かを持っています。

お釈迦様への捧げものでしょうか。また、背後では大きな扇子で風をそよがせている様子も見られます。

右手側に居並んでいるのは、胸の形からして女性のようです。やはり手に何か持って捧げている姿も見られます。

下の段、中央には踊りを踊っている人、楽器を演奏している人が見えます。

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ちょっと色っぽい姿で座っている女性も見えます。
はてさて、これはいったいどういうシーンなんでしょうか?

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このまぐさ石に彫られたテーマはシータ妃を取り戻したラーマ王子がアヨーディア国へ帰る姿だそうです。

タイのアユタヤの語源になったのが、ラーマヤナ物語に出てくるインドの国アヨーディアだそうです。

このまぐさ石の上の妻にあるレリーフにはシヴァ神を一番上にいただき、その下に伝説の水鳥ハンサ(ホン=鴻)に乗ったブラフマ神と鳥人ガルーダに乗ったヴィシュヌ神なのだそうです。

ヴィシュヌ神と言えば、ピサヌロークの街の語源もヴィシュヌから来ているそうで、ヴィシュヌがピサヌになって、ロークがタイ語で世界を表します。

つまり、ピサヌロークとはヴィシュヌ・ワールドと言った意味になります。

ヒンズー教の三大神、シヴァは破壊の神、ヴィシュヌは安定の神、ブラフマは創造の神とされますが、ピマーイの遺跡を見て回ると、ヴィシュヌの過激な一面もあるようです。

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このまぐさ石を見ると、何やら怪物のようなものが、なにかを齧っています。

この怪物みたいなものは、カーラと言って死の神様です。

このカーラは貪欲で、なんでも食べてしまいます。

そして、自分の体まで食べてしまい、頭だけになってしまったものだそうです。

そして、ピマーイの遺跡にはカーラのレリーフをいくつも見かけます。

カーラは門番の役目も果たしているそうです。

で、そのカーラの上に乗っているのがヴィシュヌだそうです。

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よく見ると、ヴィシュヌは両手に何かを持っています。

左側はゾウのようです。

右はよく見えませんが、ライオンらしいです。

ヴィシュヌもなかなかすごいですね。

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こちらもバトルのクライマックスです。

相手の髪を引いて、首を討ち据えようとしているのが、ヒンズーの神々きっての美少年として知られるクリシュナだそうです。

そして、やっつけられているのは、悪役カンサです。

なお、まぐさ石のあって左右に蛇のように伸びているのは、マカラと言ってワニのような怪魚なのだそうです。

足もあったりするし、龍のような存在のようですが、ナーガと同様に水の神様だそうです。

そして、そのマカラの周りで渦を巻いているのが、水流なのでしょう。

クメールの人たちと言うのは、こんなタイ東北部、イサーン大地にあっても、水の民だったようです。

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この真ん中に穴の開いている四角い石は、ヨニと呼ばれる女性器を象徴したものです。

手前に伸びた部分には、溝が彫られてあり、そこから流れ出た水は聖水とされたそうです。

女性器があれば、当然ながら男性器もあり、それはリンガと呼ばれ、シヴァ神の化身ともされています。

リンガは中央祠に鎮座しているのが一般的ですが、ジャヤバルマン7世の時代に、ここがヒンズー神殿から大乗仏教寺院になった時に、リンガからナーガに守られた仏像に置き換えられたのかもしれません。

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現在、リンガはピマーイ博物館で見ることができます。

ヴァルマン7世の像と体形がとても良く似ています。

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ピマーイ遺跡、如何でしたか?

いまはコロナ禍にあって、タイに住んでいてもなかなかアンコールワットへ行けなくなってしまいましたが、タイ国内にもこんなにすごいクメール遺跡があるんですね。

 

なお、博物館などでは、スコータイ時代以前、現在のタイの国土の大半がクルール帝国の版図に組み込まれていた時代のことをクメール時代とは呼ばず、ロッブリー時代と呼んでいます。

これもタイの人たちの愛国心からそうなったものとも思いますが、この時代ロッブリーを中心としたクメールの属国で、主にモン族を中心としたドヴァーラヴァティー王国と言うのがロッブリーにあったとされています。

ロッブリーもクメール時代の遺跡やアユタヤ時代の宮殿跡など、見どころもたくさんあります。

こんどのソンクラーン休みにでも、ちょっと暑いですが、タイ国内のクメール遺跡を見に出かけませんか?



これも一応イサーン地方の外れになるのですが、ピサヌロークからルーイ県に入ったところにあるダンサーイ村では、毎年ピーターコン祭りと言うオバケの祭りがあります。

ことしは6月12日~14日で予定されており、H.I.S.バンコク支店ではピーターコン祭りへのツアーを募集開始しました。

タイの奇祭「ピーターコン祭り」& 世界遺産「スコータイ」観光

https://www.his-bkk.com/packagetour/j-fpphsphitakhon/

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