サワディーカップ
ピサヌローク支店のメオダムです。
昨日あたりからタイ国内の報道で、スコータイ県で洪水が発生していることをご存知の方も多いと思います。
スコータイ県にはヨム川という川が流れていて、この川の源流はタイ北部のバヤオ県になります。
ナーン県からプレー県、スコータイ県と流れて、ピサヌローク県に入り、ナーン県から流れてきたナーン川と合流、さらにナコンサワン県でチェンマイからのピン川合流して、チャオプラヤー川と名前を変えて、アユタヤからバンコクを抜けて海に注いでいます。
そのヨム川がスコータイ県内で堤防が決壊して、大きな被害が出ています。
先週末にヨム川の上流プレー県でヨム川の様子をビデオに収めてみました。
川の流れに並走する形で、電車の窓から撮影したものですが、水量が多く、流れも速いのがお分かりいただけると思います。
この写真は2017年8月19日に同じ場所で撮影したものです。
やはり雨期で水かさが増しているのがわかりますが、ビデオとの違いがよく分かるかと思います。
ヨム川にはナーン川やピン川と違って、上流に水量を調節するダムがありません。
そのためか大雨が降ると、土砂を含んだ水が流れ込み、暴れ川となってしまうようです。
現在の被害情報はタイのニュースで確認していただくとして、スコータイの遺跡がどうなっているかとご心配されている方もあるでしょう。
ご安心ください。
スコータイの遺跡に被害は発生しておりません。
もともと、遺跡のあるスコータイ歴史公園がヨム川から10キロほど離れた場所にあること、スコータイの建設に当たっては、当時最先端の治水技術をクメールに学んだこともあって、スコータイ遺跡の西側には700年前既にダムがつくられ、サンカローク焼きが焼かれた窯では、皿など陶器だけではなく、給排水のための水道管も作られていました。
当時の水道システムはスコータイの国立ラムカムヘーン博物館で見ることができます。
この写真は遺跡の西側にあるスコータイ時代に建設されたダムです。700年たった現在も灌漑用ダムとして使われています。
こうした水利が完備していたことは、スコータイ王朝3代目国王ラムカムヘーンが書き残したとされる碑文にも「水に魚あり田に米あり」と記されていることからもわかります。
2011年にタイは未曽有の大洪水に見舞われ、国土の大半が水没するという大惨事が発生しましたが、そのときでさえ、スコータイの遺跡は水害を免れています。
ピサヌローク市内を流れるナーン川も増水して、だいぶ水位が高くなっていますが、市内で冠水などの被害報告は上がっていないようです。
8月25日、午前8時のナーン川の様子です。
タイ北部と違って、今年はピサヌロークやスコータイではこれまでのところ雨が少なく、今日もよく晴れた青空が広がっています。
ピサヌローク市内も洪水の被害を受けにくいと言われています。
しかし、海から400kmも内陸に入って、それでいて海抜は40メートルほどしかない土地なので、川が増水したら、大洪水になってもおかしくないはずです。
しかし、ここでも先人たちの知恵が生かされています。
この写真の家屋は、決して水害に遭っているものではありません。
一年中、床下浸水していますが、決して床上浸水にはなりません。
理由は、この家屋は水に浮いているからです。
この筏(いかだ)の家には、ちゃんと電気も引かれていて、文化的な生活ができるようになっています。
タイ国内で、このように河川に筏を浮かべて、家屋として住むことが認められているのはピサヌロークだけです。
川の上で、漁をしながら親子三代楽しく暮らしていて、「水上生活者」のイメージに付きまとう貧しさはピサヌロークの場合感じられません。
ということで、現在までのところ、スコータイ遺跡やピサヌロークでは洪水による深刻な影響は出ておりません。
しかし、周辺部で被災されている地域もあるのは事実です。被災地では一日も早く日常生活を取り戻されることを念じております。
9月になると4連休が待っています。
この連休を利用して、ピサヌロークを中心にスコータイ遺跡巡りなどは如何でしょうか?
またカオコーでは雲海の発生率も高くなってきました。
雲の中に浮かぶハーソンゲーウ寺院など、きっとお喜びいただけると思います。
増水期の今は、ワントーン地区のラフティングもスリル満点になっていますよ。
ピサヌローク支店のメオダム・クラブでご紹介しています。
URL http://www.meodam.club/index.php