¡Hola!リカルドです。
ではでは、サイル遺跡 後編続きます〜
考古学的調査
メキシコ国立人類学歴史研究所は、20世紀前半にこの遺跡で大規模な修復作業を行い、考古学者達が、この遺跡の中心部の約3.5 km²をマッピングしました。
ペンシルバニア大学のジェレミー・サブロフ氏とゲア・トルテロット氏は、1983年から1988年までニューメキシコ大学の委託を受けて、建築物のマッピングや地形図の作成などの考古学的調査を行いました。
調査で分かったこと
敷地は南北に走る古代の道路(サクベ)に沿ってレイアウトされています。サクベの先にある大宮殿は、サイルの建物の中で最も大きく、最もよく知られている建物です。
この宮殿は、ファサードが85mもあり、二重の台座の上に建てられているため、3階建てのような印象を受けます。各テラスを中心にいくつかの部屋が配置されています。
宮殿は、ターミナル・クラシック時代にいくつかの段階を経て建設されました。構造物の南側には中央階段があり、宮殿の上層階にアクセスすることができます。1階と2階には、既存の建物のために特定の時期に解体された構造物があります。
サクベは、宮殿から約350mのところにあるエル・ミラドール(展望台)と呼ばれる重要な建物がある、宮殿と複合構造物の間を走っています。
この建造物はひどく破損していますが、南に面して、構造物の上にマウントされた2つの部屋で構成されています。その近くには男根の彫刻があります。
ミラドールから別のサクベに進むには、ボールコートと他のいくつかの宮殿を含む別のグループに向かって南東方向に進みます。このグループの途中に小さなプラットフォームがあり、8つのステラと7つの祭壇の遺跡が発見されました。この場所は、プーク地方の大規模な遺跡が持っている特徴があります。
もう一つの宮殿群は、サクベの北側の丘の上にあり、そこからは遺跡群のパノラマビューを見ることができます。この遺跡の国内建築は、石積みの基盤に設置された約300の軽建築で構成されており、その一部が出土しています。
またこの遺跡は国立人類学歴史研究所(INAH)の保護・管理下にあり、観光客が訪れることができます。
サイルのチャアクⅡのピラミッド
マヤの雨神(チャアク)にちなんで名付けられたチャアクⅡは、サイル渓谷の北西隅にある大宮殿から約2kmのところにある小さな遺跡です。
一時期、チャアックⅡはサイルの都市圏の一部でしたが、この小さな遺跡はサイルの占領よりも前のもので、初期から中期の古典時代のもので、マヤの人々と遠くメキシコの谷にある大都市テオティワカンとの間の交流ネットワークに参加していたと考えられています。
チャアックⅡはおそらく古典派後期、都市の二度目の占領と現在のサイル遺跡の建設が行われるようになってから、サイル渓谷の支配権を維持していたと考えられています。
モニュメント
遺跡のいくつかのモニュメントは、彫刻のスタイルに基づいて、日付が付けられています。例えば、ステラ6は西暦810年、ステラ5はそれより少し後の9世紀のものです。サイルのステラは古典的なスタイルで、おそらくこの遺跡の支配者であった人物が描かれています。
ちょっと長くなりましたが、サイル遺跡についてお届けしました。
機会がありましたら、ぜひ訪れてその古代の足跡を辿ってみてください!
メキシコにはたくさんの遺跡があります!
リカルド