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メキシコシティ基礎知識、後編に続きます!

 

 

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地理

 

よく知られているように、この都市が占める地域は以前は湖でした。そのため、17世紀から18世紀にかけて何度も都市が浸水しました。

 

1900年、ポルフィリオ・ディアス(Porfirio Díaz)大統領は、メキシコ盆地で排水システムを開始し、首都の地下排水を改善しました。しかし、1985年の地震で経験したように、この地域はいまだに地震に非常に脆弱です。

 

街は山頂に囲まれ、そこからサン・ホアキン川、タクバヤ川、サン・アンヘル川、バランカ・デル・ムエルト川、ロス・レメディオス川、リオ・ホンド川、ミックスコアック川、マグダレナ川など他にも沢山の川が流れています。

 

 

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気候

 

メキシコシティの気候は、標高がかなり高い為、寒暖差が激しいです。暖かい季節には28°C、さらには32°Cまで上昇し、寒い季節には0°Cまで低下します。温暖な気候から、湿度の高い時や寒い時期などさまざまで、平均気温は16.6°Cです。

 

一年のほとんどが晴れという事実にもかかわらず、降雨量は豊富で、ひょうが降る時もあります。非常に時折ですが、雪が降ることもあります。都市の拡大は湖の乾燥をもたらし、気温を上昇させ、より乾燥する傾向を生んでおり、気候に影響を与えています。

 

 

公園や自然保護区

 

メキシコシティには数多くの森林や都市公園があり、その一部は自然保護区として保護されています。首都圏の主な公園は次のとおりです。

 

● ラテンアメリカ最大のチャプルテペック森林公園と動物園

Bosque y Zoológico de Chapultepec

 

● サン・ファン・デ・アラゴンの森

Bosque de San Juan de Aragón

 

● ロス・コヨーテス動物園とエコロジカルパーク

Parque Zoológico y Ecológico Los Coyotes

 

● 鹿公園

Parque de los Venados

 

● 星の丘

Cerro de la Estrella

 

● ソチミルコ生態保護区

Reserva Ecológica de Xochimilco

 

● ロス・レオネス国立砂漠公園

Parque Nacional Desierto de los Leones

 

● グアダルーペの丘国立公園

Parque Nacional Sierra de Guadalupe

 

● クンブレス・デ・アフスコ国立公園

Parque Nacional Cumbres de Ajusco

 

 

交通手段

 

市内の交通網は広大で、毎日約450万人が移動する207キロメートルの地下交通網が特徴です。これに加え、市内ではバスサービスと25万台以上のタクシーが運行されてます。

 

 

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文化財

 

メキシコシティは、ロンドンに次ぐ、世界で1人に対しての美術館数が最も多い都市であり、非常に豊かなコロンビア紀以前の遺産が保存されています。

 

ここには、160以上の美術館、100のアートギャラリー、30のコンサートホール、そして植民地時代の歴史が残る歴史的中心区があり、ラテンアメリカ文化の中で多様な文化圏、そして重要な観光地のひとつとして存在しています。

 

 

直面する課題 

 

発展の進んでいるメキシコシティですが、以下の様な問題に面しています。

 

地震

数々の地震に遭ってきた歴史があり、最大のものは1985年の地震でした。6,000人以上の死者と、推定80億米ドルの被害を引き起こしました。

 

汚染

都市の大きさに対して、周りの山岳地帯の存在が風の通過を防いでしまい、住民の健康を重篤に損なうレベルまでスモッグが悪化しています。

 

危険性

メキシコシティは、ベネズエラの首都カラカス、ニカラグアの首都マナグアなどの他のラテンアメリカの首都や、メキシコのチワワ州の都市シウダード・フアレスやコロンビアの都市メデリンなどとともに、ラテンアメリカ大陸で危険な都市の1つとして知られています。

 

過密

都市の密集は、国際的、都会的で多様な生活を可能にしていますが、圧倒的に大規模すぎることもあり、時には息も出来ないほど過密になることがあります。

 

 

以上がメキシコシティ基礎知識でした!

メキシコシティを訪れる際に参考になれば幸いです。

 

 

イスラエル

 

 

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今回はメキシコシティの基礎情報を改めてご紹介したいと思います。

 

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メキシコシティは、国の正式名称であるメキシコ合衆国の首都です。しばしばメキシコDFまたは単にDF(連邦地区)と呼ばれ、そこの連邦地区、またその地区が含まれる全領域を意味します。

 

メキシコシティは北米最大の都市であり、その広さと人口規模は、日本の東京やロシアのモスクワなどの都市と匹敵します。世界最大の都市の1つです。

 

メキシコ国家の中心として、社会、政治、学術、経済、観光、芸術、ビジネス、文化の中核であり、国民の生活と歴史の中で多くの重要なイベントの舞台となっています。そこには政治の力が集まり、豊かで広大なメキシコのコロンビア以前の歴史の発祥地でもあります。

 

 

メキシコシティの場所

 

メキシコシティは、国の中心に向かってあるメキシコ盆地の海抜2,240メートルに位置し、かつてはテクスココ湖が占めていた火山の山々に囲まれた高原にあります。

 

その形状は楕円形で、総面積は1,495平方kmです。行政的には16の都市に分かれ、その周りにはメキシコ州の37の自治体に囲まれています。

 

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人口

 

市内の都市圏の人口は890万人に達し、人口密度は1平方キロメートルあたり約5,966人です。周りを含む都市部の総人口は、ほぼ2100万人に達します。この都市の住民は、メキシコでは「Defeños(デフェーニョス)」または「Chilangos(チランゴ)」として知られています。

 

 

行政

 

1997年以来、メキシコシティの住民は、自治都市として匿名性が守られたうえで都知事、州知事、市議会議員を直接投票して決める権利を享受してきました。2017年にはその政治憲法が公布されました。ここには、国立宮殿、国の連邦執行部の本部があり、1987年に世界遺産に登録されました。

 

 

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成り立ち

 

メキシコシティは、14世紀頃に古代人のアステカ(Aztecas)民族(メキシコ帝国)がこの地域に定住し、México-Tenochtitlánという名前で設立されました。

 

今はいくつかの遺跡が残っており、これらは彼らの神話と宗教的思想を表現するものだったと言われていますが、テクスココ(Texcoco)湖の最初の入植者の成り立ちは不明であり、オルメカ(Olmecas)民族やトルテカ(Toltecas)民族だった可能性もあると言われています。

 

確実なこととしては、アステカ民族がトラテロルコ(Tlatelolco)民族とトラコパン(Tlacopan)民族と三方同盟を組み、アステカ帝国としてかつてこの土地を支配していたということです。

それも1520年、スペインからの侵略戦争でたくさんの血が流れ敗北し、終焉を迎えました。

 

それ以来、テノチティトラン(Tenochtitlán)はニュースペイン(Nueva España)に改名され、総督として統治したへルナン・コルテス(Hernán Cortés)によって再建されました。その後、この都市はニュースペインの副王室の首都となり、1821年までその統治が続きました。

 

 

まだまだあるメキシコシティ基礎知識!後編に続きます~

 

 

イスラエル

 

 

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激動の人生を歩んだフリーダ・カーロ、今回は後編です。

前編はこちらから

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フリーダの生家「青い家(Casa Azul)」

 

フリーダ・カーロの『青い家(Casa Azul)』は彼女の死から4年後、博物館に改装されました。今日、この場所はメキシコの首都で最も賑やかな場所のひとつです。毎月約2万5千人の来場者があり、その45%が外国人です。

 

この『青い家(Casa Azul)』とも呼ばれるフリーダ・カーロ博物館は、彼女が生まれ、そして亡くなった場所です。

火曜日~日曜日まで、学生、芸術家、旅行者、観光客にその門戸を開き、芸術家として悲劇的で激動な、特に情熱と創造性に溢れた人生の現実を公開しています。

 

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彼女の寝室だった部屋は、ベッドと天井に鏡の付いた状態で残っています。この鏡は、国立高校から帰宅中にバスで遭った大怪我の回復中に自分の姿を見る為に付けられたものです。

 

この博物館では、コルセット、おもちゃ、奉納品、宝石や手紙を保存しています。2007年、フリーダの生誕100周年を記念して、半世紀近く非公開だった秘蔵のコレクションが公開されました。

コレクションには、22,000のドキュメント、1,500枚の写真、3,874の雑誌と出版物、数千の図面、衣服、薬やおもちゃなどが含まれています。

 

フリーダ・カーロの作品について深い知識を知るには、彼女の家を訪ねることで、彼女自身と彼女の絵、そして家が深い関係性を持つことが発見できるでしょう。

 

有名な壁画家ディエゴ・リベラと結婚した後も、メキシコシティや海外で暮らしていたこともありますが、いつも彼とこのこの家に戻ってきていました。

この家では私物や彼女の密な私生活を明らかにし、重要な作品を収容しています。

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家の構造は当時よく建てられていたデザインで、中央にパティオがあり、それを囲むように部屋がありました。ディエゴとフリーダはその後、ユニークなスタイルを適用し色を塗り、人気のあるデコレーションを施しました。

 

フリーダ専用の最初の部屋では、油絵作品が展示されています。各キャンバスでは、彼女の心の状態、周りに対しての姿勢、自画像と不妊についての執着が見られます。しかし、この部屋では人生への希望と情熱、家族や友人の肖像画が優勢であり、遠近法のない景色と明るい色が特徴です。

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この『青い家』では、肖像画と写真、絵と詩が描かれた本、手紙、陶器やドレスなど、彼女のインスピレーションの全てが展示されています。フリーダのカラーパレットは大規模な修復によって蘇った部屋に展示されています。

 

この作品には、彼女の日記からの抜粋が添えられており、作品の中で使用されている各色の感情を説明しています。『ニューヨークの風景(Paisaje de Nueva York)』や『自画像(Autorretrato)』などいくつかの絵画は未完成ですが、線、視線、衣服、感情などはフリーダ作品の特徴を表しています。

 

興味深い、『青い家(Casa Azul)』ぜひ訪れてみて下さい!

 

 

イスラエル

 

 

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